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◇渦
薄暗い廊下。
筆頭家老として絶大な権力を持つ男は、それに見合う広大な屋敷を与えられてはいるが、
仰々しく己や己の周りを飾り立てる事になど一切興味も無く、調度品の類はほとんど見られ無い。

静まり返った空気。
ぎし、ぎしと。重い足音が響く。ゆっくりと歩を進める、二十代を半ば過ぎた、軽捷そうな男。
右腕、顔の右半分に乱雑に巻いてある布の隙間から覗く皮膚は、人間の肌とは異質の冷たい鋼の色。
布に覆われていない左目は真っ直ぐに、薄闇の向こうを見据えている。
激しい憎しみと、決意と、焦りと…幾多の感情は男の歩を早めるように催促するが、
その足音は一定の間を崩さない。

奥の間の一歩手前に来るまで、灯りのともる部屋は無く、人の気配も全く無かった。
歩みは乱さないままに、顔の右半分を蓋っていた布を引きちぎり、戦鬼眼を起動させる。
右手を軽く握ると、戦鬼腕に収納されている熱条鞭に火が入り、鈍い音がして布が燃え落ちる。
……あの男に、与えられた力。


がらんとした部屋。
何時もと全く変わらない姿で男は座して文机に向かい、書をしたためていた。
乱暴に襖を開け、物も言わずに入ってきた闖入者を見ようともせず、口を開く。

「雅楽 (ウタ) か。」
「……」
「ご苦労だったな。」

幾度と無く聞いた労いの言葉。
だがもう、二度と聞く事は無いだろう。

雅楽は心中でせせら笑った。

この国の軍師と手を結んだ。
お前が握っている、文武の大権が、欲しいそうだ。
その為に、邪魔なお前を、消す。
そいつが後釜に座れば、俺も今よりもっと上にいける。

殺気は、抑えられているか?
…抑えられているはずだ。これも、お前に仕込まれた術。

右手を軽く握り、手応えを確かめる。
――― 殺せる。
俺なら、今、お前を消せる。
ゆっくりと歩を進める。
あと五歩。
お前の首に、手が届く。

「…今夜中にもこの国を出る。」

男は、眼を書状に落としたまま、事も無げに告げた。

そうか、ここに飽きたんだな。
もう何度目だろう。

「次の国でも、また、頼むぞ。」

聞き飽きたぜ、それも。
今日で終わりだ。

不意に、男は文机から顔を上げ、報告をするには
あまりに近づきすぎている雅楽を気に留める様子も無く、
ただその視線を受け止めた。

雅楽は、挑みかかるように、男を睨みつけたまま、一歩を踏み出す。


お前は、いくつもの国を渡り歩いて、死をふりまいてきた。
お前は、いつも息子と呼ぶ俺を、その尖兵に使った。
お前は、その為の力を、俺に与えた。

お前は、俺がおぼえていないと思っているのだろう。

俺の両親の死は、お前のふりまいてきたものの一つだ。
俺の最初の記憶は、血刀を持って、俺を見つめるお前のその眼だ。

― もう一歩。

俺は、お前が憎い。
お前を殺したく無いと思った日など、一日も無い。

― もう一歩。

お前を殺して、俺は自由になる。

― もう一歩。

…俺は



「どうした?」

雅楽は、男の声に、弾かれたように立ち止まった。
男は、もう目の前に居た。手を伸ばさなくても、届く。息遣いさえ聞こえる。
腕を動かそうとして、初めて、両手が震えているのに気がついた。
そして、認識した。完璧に殺していたはずの呼吸が、感情が、全く制御できていない事を。

「…あ……あっ…」

自分の声が酷く遠くに聞こえる。
喉が張り付いてしまったかのように掠れた呻き声しか出せない。
殺す前に、言ってやりたいことは沢山あったはずだ。

見下ろした男の眼は、何時もと全く変わらない。
何時も、俺を見る、あの眼だ。
あの時から、ずっと変わらない―――


「どうした?」

私を、殺すんじゃないのか?



「……あ」



「うわ、あ…ああああああああぁっ」

雅楽は、最後の一歩を詰め、叫び声と共に拳を男に叩きつけた。
何度も、何度も。無抵抗の男に向かってやみくもに拳を振り下ろす。
叫び声は、何時しか悲鳴に近いものになっていた。

何時でも殺せた。
俺なら一足飛びで首を跳ねられた。
右腕を少しひねればお前の体を貫けた。
今だって、今だって

…お前が
今まで
俺の前で
俺を警戒していた事なんて無かった。

一度たりとも。

じゃあ何故お前は生きている!?


「可愛い奴だな、お前は。」

男の手が、雅楽の頭に触れた。優しく、髪を、梳る。
糸が切れたように、雅楽はその場に崩れ落ち、うずくまった。
震えている。
悲鳴は、嗚咽に変わっていた。

憎しみも、決意も、焦りも、渦巻くもの全て、
それはたった一つの感情を蓋う為のものだった。
最初から、解っていた。

「父さん」

(……ごめんなさい、殺さないで)

語尾は、嗚咽にかき消され
激しく身を震わせる息子を、男は優しく抱きしめた。





かなり脚色してますが一応リプレイ小説気なものです。初です。
飼い主の手を噛む気満々な犬をやろうと試みて最後の最後で大敗北。

雅楽は色々愉快な奴だったですよ、シノビなのに<隠身>取忘れ事件とか。


2003/07/21