◇キリメ
上段から一気に振り下ろし、地を這うように迅らせた剣を相手の目前で跳ね上げる。
心楠一刀流の奥義を、僧形の男は何の変哲もない錫杖で受け流して見せた。

「何故、その様な生ぬるい剣を遣うのですか?」

たたらを踏んで体勢を崩し、膝をついた襲撃者を男は見下ろした。
荒い息をつきながら、ゆっくりと珠刀を構えなおすその女、名を斬鳴(キリメ)という。
旅装の裾から伸びる武骨な手足には、彼女がサムライである事を示す、紅い珠が埋まっていた。
物も言わずに再び男に打ちかかる。サムライ化はしていない。
そして、その一撃は、また事も無く受け止められた。

「それも心楠一刀流の業ですか。あくまで亡父の仇討ちをするという訳ですね?」

「……他に何があるというんだ!?」

「あなたの戦働きを見た事がある。こんなものでは無かったはずですが?」

「黙れ!!」

怒号とともに、噛み合った刃ごと男を押し返し、距離をとる。
ぴたりと青眼に構えた太刀越しに斬鳴は男を睨めつけた。
幾年も探しつづけた、父の仇…



受け流しそこなった錫杖が右腕を打つ。
鈍い音、激痛。

「あぐっ…」

思わず取り落としそうになった太刀を、杖代わりに地面に突き立てた。

「その程度、ですか?」

男がその表に失望の色を浮かべ、ゆっくりと錫杖を上段に構えてゆく。
一見無造作に見えるその動きの中にも、打ちこむ隙は、どこにもなかった。




「その程度か?今まで何を学んできたと言うのだ!?」

立ちあがりかけて、膝に力が入らずへたり込む。
苛立ちも露に、キリメを見やる父。
その右手に握られた木刀が一閃して、喉を撃つ。
壁に叩きつけられて一瞬息が止る。
薄れる意識。
失望と軽蔑の入り混じった、冷たい、目。
何も言わず立ち去って行く背中。

ざわり、と胸に渦巻く感情。


「…領主様の後継ぎ争いに…」

「…見事に眉間を割られています。これでは剣を抜くひまも…」

親戚達の半ば他人事な噂話。
キリメや母をしきりに元気付けようとする門人の言葉。
白い服を着せられ、部屋の中心に横たわる、父。
顔には白い布がかけられて、致命傷になったという傷は見えない。

キリメは、下を向き、堅く唇を引き結んでいた。
今にも父に縋り付いて叫び出しそうになる自分を必死に押さえて。

『……何故』

『何故、死んだんですか。』


『私が殺してやろうと、思っていたのに…!!』



とどめに振り下ろされた男の錫杖を、珠太刀の一閃が薙ぎ払った。
周囲にびりびりと響き渡る絶叫と共にキリメの身体が異形へと変わっていく。

「私が殺してやろうと思っていたのに!!」

返す刃が男の左肩に叩きつけられた。
肉と骨を絶つ、慣れた感覚。
返り血の飛沫が全身に振りかかる。

キリメに向かって倒れこみながら、刹那、男が彼女の瞳を覗き込む。

『やればできるじゃないですか…?』

ありったけの血を吐き出して崩れ落ちた仇の身体を斬鳴は見下ろした。

「こんなものなのか?」

私は強くなった。
父を殺した奴に勝った。
私は、父に、勝った。

倒れている男の、血に塗れた満足気な横顔。

「私は、私は…」

かすれた声で呟く。
男に打たれた右腕がずきずきと痛みだした。


なんか纏まらなくて、延々といじり回してましたが
やっぱりまとまらん。

2003