地図によると、格納庫は船体の後方部、貨物の積み下ろしデッキも兼ねていた。往時にはきっと、所狭しとコンテナが積まれ、荷物運搬用小型キャリーが走り回っていたのだろうが、今は、広大な空間に、所在なさげに、ミテリア型の小型戦闘機が2機と、おそらく、ゲリラのものであっただろう壊れた船がいくつか放置されているだけだった。

アリサは、入ってきた扉を、内側から施錠した。入り口は他にもあるだろうから、気休めにしかならない。入る所は見られていないが、逃亡者が目指す先は多くはない。油断は出来ない。

「アリサ、これ、俺たちの船だニャ」

アリサが扉を閉めている間に、格納庫へと入っていたタマが、声を上げた。

壊れた船の間に、2人の乗ってきた小型艇が放置されていた。船体の上部が少しへこんでいるが、ぱっと見大きな故障は無さそうだった。タマが駆け寄って半分開いている、船体横の乗降口を引っ張ると、難なく開いた。

「こいつが動けば一番なんだけどな……」

アリサが、タマを押しのけて、乗り込む。荷物は、元の場所にそのままおいてあった。

「本当に武器しか気にして無いんだな……」

「動きそうかニャ?」

タマが、乗降口から覗きこむ。

「……それを今から見るんだよ。タマ、向こうに小部屋があるだろ、たぶん制御室だ。行って、格納庫のハッチを空けてくれ」

「解ったニャ」

タマが走っていった。
かと思うと、すぐに戻ってきた。

「何だよ。早く行けよ」

タマは、無言で、座席においてい有る荷物を掴んだ。

「荷物質ニャ。1人で逃げようとは思わない事ニャ!!!」

勝ち誇るように言うと、タマは、あっという間に走り去った。

「あ、野郎……」

アリサは追おうとして、さすがにやめた。それよりも船のチェックと起動が先だ。ハンドルと、計器類とボタンがいくつかあるだけの簡素なコンソールに目を落とす。エンジンのスイッチを入れると、聞き慣れた重低音がしはじめた。計器に表示される数字は、生命維持システムにも問題が無い事を示している。あとは、どうやってタマを置いて飛び立つかだった。指と目はコンソールに集中しながらも、思考の片隅で、その方法に思案を巡らせていると

「アリサー!!アリサぁーーー!!!」

遠くで、タマが、アリサの名を連呼しているのが聞こえてきて、アリサは少々どきりとした。声は徐々に近づいてくる。どうやら、こちらに向けて走ってきているようだった。まだハッチは開いていない。

あのバカが、また騒いでいる。このチャンスにきちんとあいつと縁を切らないと。うんざりしながら声のする方に目を向ける。

「何だよ!!早く……」

怒鳴る途中で、言葉が喉につっかえた。タマの後ろからレプタルが、3人も、追いすがってきている。連中は、口々に何やら怒鳴りながら、銃を乱射している。あれは、ショック銃でなく、殺傷用の熱線銃だ。当たったら問答無用で死ぬ。アリサは迷わず扉を閉めるボタンを押したが、反応しない。

「よりにもよって、ここが壊れるか……!!」

アリサは毒づいて、乗降口の上にあるレバーを思いっきり引っ張り始めた。非常用の、手動で扉を閉める機構だが、アリサの力でもかなり重い。

「こんなんで非常時に役に立つかよ!!欠陥船め!!!畜生!!!」

どうにもならない事を言っている間にも、タマと、レプタルは、お互いの距離を縮めながら、船に近づいてきている。アリサはたまらずに叫んだ。

「タマ!!幻術!!使えんだろ!!!ナントカしろよっ」

「今日は打ち止めニャ!!!」

「はぁ!?本当に使えねえ奴だな!!」

「最後の1回をアリサがさっき無駄に使わせたニャ!!!」

「じゃあ、お前、レプタルにつっこんで時間稼げよ!!」

「無茶言うニャ!!ってか、何、扉閉めようとしてるニャ!?」

叫んだタマの顔のすぐ横を、熱線が掠めた。当たってもいないのに、熱気で目がからからに乾く。焦げ臭い、嫌な臭い。思わず顔に手をやると、髭が半分溶けていた。タマは、今、はじめて、自分が思っていた以上に深刻な命の危機にさらされている事に気がついた、と、同時に足がもつれて転び、そのまま勢いで転がって、小型艇に飛び込んだ。

降りろ!!と喉まで出かかって、実際タマをたたき出すことも出来たが、アリサにも命がかかった状況で建設的な行動を優先するだけの分別はあった。

「お前、扉閉めろ。俺は船を動かす」

「ハッチ閉まってるニャ」

「うるさい早くしろ!!」

アリサには、別に方策があるわけでなく、船を動かした後の事は、考えてもいないし、考えたくも無かっただけだった。タマも似たような気分だったので、深くは追求せずにレバーを引っ張りはじめた。

レプタルはすぐ傍まで迫ってきている。熱線が数条、船体に当たって、不快な音をたてた。船体を貫くのも時間の問題だろう。そうなったらおしまいだ。

「アリサ、ダメだニャ!!やばいニャ!!」

「黙れ!!」

「どうすればいいニャ。とにかく手伝うニャ!!!」

タマが、目に付いた運転席のボタンを一つ押した。大きな音を立てて、船が浮き上がった。

「おいこら触るなお前は扉閉めてろ殺すぞ!!」

「でも、でも……」

今、アリサは船の起動にかかりっきりだが、手が空いたら絶対殴られる、と、思ったタマは、失敗を取り戻す為に違うボタンを適当に押した。

アリサが何か言う間もなく、船は上下に大きく揺れて、乗降口側を下にして斜めに傾ぎ、次の瞬間、ハッチに向って動き出した。船外に放り出されそうになって、タマが、思わず扉を閉めるためのレバーを両手で掴んだ。弾みで、タマが懐に入れていた荷物が、滑り落ちた。

「あっ」

「あっ」

荷物は、座席から、格納庫の床にころがり落ち、大きくバウンドした。レプタルは、船から出てきた異物に向かって、思わず、熱線を発射した。

荷物に熱線が命中するのと、タマが何とか扉を閉めきるのと同時に、格納庫内は光と爆風に満たされた。





はるか遠くに、徴兵船が見える。
船体の後方から赤とオレンジの入り混ざった炎を噴き上げている他、あちこちで、赤い光が明滅している。周りに蠅のように飛び交っている、いくつもの戦闘用小型艇によって、執拗に攻撃されているのだ。

クロネコ・アースの小型艇は、船体外部は焼け焦げて無残な事になっているものの、何とかあの爆発を耐え切った。爆発の威力は限定的だったようだ。それでも、レプタルは吹っ飛び、ついでに爆風でハッチがこじ開けられた。そこからなんとか脱出し、戦闘用小型艇の間をかいくぐって逃げてきたのだった。

「あの船、大丈夫かニャ?」

「あの規模なら格納庫がぶっ飛んだり少々攻撃受けた位でどうこうならねぇよ」

「皆は無事逃げられたのかニャー…」

「今頃レプタルの餌だな」

「……アリサも一回食べられるかも知れないという恐怖を味わえばいいニャ……」

アリサはタマの恨み言を無視して、小型艇を飛ばす。あの荷物が何だったのかについては2人とも一切触れなかった。

「どこへ向ってるニャ?」

「送り先だ」

「荷物ぶっ飛んじゃったニャ」

「ウチの荷物はウチで配送を請け負った時点で保険に入ることになってる」

「ニャ?」

「送り先のサインをもらえれば、保険で失った荷物分を補償できる。部長を通さずに処理すれば、荷物がぶっ飛んだことはバレねえ」

「いいのかニャ?」

「いいんだよ。誰も損しねえし。ばれたらお前も同罪だからな」

「うう……背に腹はかえられんニャ」





送り先の座標には、小さな惑星が浮かんでいた。ミテリアの太陽から遠く離れ、滅多に宇宙船も近づかない宙域。宙図を見る限りでは周囲、数百光年に渡って何も無いはずの場所だが、惑星の周りには大型の宇宙ステーションがいくつも浮かんでいた。そのどれもが、どうやら、無計画に増設を繰り返してきたものらしく、外郭部に貼りついている最新型の設備がまったく似つかわしくない、非合理的ないびつな形をしていた。

と、いう事がスクリーンに映し出された頃には、小型艇はすっかり、戦闘機にかこまれていた。すぐに、さっきの徴兵船なんか目じゃない規模の戦艦が現れた。

外を映していた画面が強制的にきりかわり、1人のレプタルが映し出される。

彼は、他のレプタルとは明らかに違っていた。戦闘服は最新式だが、それでも、他の連中よりも一回り大きいように見える。黙っていても、その目から、身に纏う雰囲気から発散される凶暴性は、スクリーン越しでも2人を圧倒した。

「……ミテリア総督の特別行政府に、何の用だ?」

気圧されて、言葉も出せず、ただ愛想笑いを浮かべているアリサとタマを見るともなしに、レプタルが言った。流暢な帝国共通語だ。

「総督!!」

意外な単語に、アリサが思わず呟いた。

「何ニャ?」

「ミテリアの独裁者……ゲリラどものターゲットだ」

「……事情通だな」

「んなこと子供でも……」

言いかけて、アリサの喉が詰まった。スクリーンの中のレプタルは、そうは思っていないようだった。

「それで?」

「に、荷物のお届けにあがりました」

からからに乾いた喉の奥から、かろうじて言葉を絞り出す。顔には精一杯の愛想笑いを浮かべている、はずだが、アリサには自分が思っているような顔をできているかどうかの自信は無かった。

「そんな話は聞いていない」

「いえでも、ここの宇宙ステーションの……サーディエンさんあてで」

「サーディエンは総督の本名だ」

「じゃあ、総督と話せませんか」

「外とのやりとりは、全て俺が代理する事になっている。荷物とやらを見せろ」

「それが、運搬途中で事故にあって、紛失してしまって」

レプタルの目が険しくなった。アリサは逃げ出したくなったが、辛うじて堪え、事務的な口調で続けた。

「我が社で運搬を請け負った荷物は、請け負った時点で自動的に保険に加入する事になっております。ですから、保険が利きますから。サインをいただければ。補償されますから!!」

後半しどろもどろになりながら、アリサが、あわててデータを送った。レプタルが目線を落とす。手元のディスプレイを見ているようだ。

「……送り主には見覚えがあるな」

レプタルが、傍らに向かって言うと、彼の部下らしいレプタルが、ディスプレイを覗きこんできた。

「先日処刑した、ゲリラのリーダーの名前ですね」

その言葉に、向こう側が色めき立ったのが、スクリーン越しでもはっきりと伝わってきた。アリサはあわてて弁解をはじめた。

「お、俺たちはただの運送屋です!!!本当です!!!!頼まれただけで、何も……」

アリサの横で、タマが立ち上がった。小柄なタマでも、座席の上に立ち上がれば頭がつかえる。頭を幾分か斜めにした姿勢で、タマはスクリーンをびしっと指さした。

「おまえら悪者だニャ!?独裁はダメニャ!!!今すぐ……」

言い終わる前に、タマは、アリサに襟首をひっつかまれて、座席に叩きつけられた。

「てめえはだまってろ!!!できれば一生黙ってろ!!!」

さっきのチャンスに置いてくるんだった、と、アリサは後悔した。レプタルは、2人を無表情で見つめている。アリサにはとても長く感じられた一瞬の沈黙を破り、向こうで、扉が開く音と、少し慌てた足音が聞こえた。

「ビル・バン隊長!!徴兵船で反乱です!!」

無表情だったレプタル……ビル・バンの顔に、他種族から見てもそれとわかる喜色が浮かんだ。

「そうか、よし!退屈していた所だ。鎮圧に向うぞ」

「この船は」

「放って置け。何も知らないバカな運び屋だ」

すぐに、署名されたデータが返送されてきた。

「命拾いしたな。これで満足か?さっさと失せろ」

映像は再び外の風景に切り替わり、スクリーンの中、戦艦は、戦闘機を引き連れて飛び去った。

「ところで、独裁って何ニャ?」

「……ははは、トカゲめ。一生やってろ……」

「半泣きニャ」

「うるせぇ黙ってろ殺すぞ」





クロネコ1号、居住区。
相変わらずベッドに寝そべっている部長の前に、アリサは立っていた。
背中に大穴が開いた上に、ゴミ等でベトベトになっていた服は船についてすぐに着替えたが、顔の怪我だけは隠しようが無い。
アリサにできるのは、何食わぬ顔で、何のトラブルも無しに仕事を終えたと言う報告をする事だけだった。

「……と、言う訳で、配送してきました」

「ご苦労様。間に合って良かったよ」

部長は寝転んだままで応える。

「んじゃ、俺はこれで」

アリサがそそくさと立ち去ろうとすると、部長が体を起こした。

「あ、ところで、船がボロボロなのは無理もないと思うんだけど、どうしてアリサ君の顔面までそんな事になってんの?」

聞かなかった事にしようにも、ばっちり目が合ってしまっている。
アリサは沈黙し、必死に平静を装いながら、頭をフル回転させて言い訳を考えた。

「……えー、ちょっと……転んだんです。盛大に。大した事ないです」

「ま、いいけど……」

面倒になったのか、部長は深くは追求せず、再びベッドに横になった。

アリサが、逃げるように、定位置のブリッジに入った。半円をもう半分に切り取ったような形の室内、壁面の半分以上は船の内外を映し出すスクリーン、余った場所には計器類と操縦用機器が一面に敷き詰められていて、収まりきれない計器やケーブルの類が床も侵食している。わずかな隙間に快適性度外視の硬い操縦席が2席詰め込まれ、横になることはおろか、足すら満足に伸ばせない。居住スペースに居場所のないアリサはほとんどここで生活していた。

椅子に座って、背もたれに深く身を任せると、背中にひどい痛みが走った。背中の傷は洗って消毒しただけだ。部長にばれたらきっと1から10まで事情を説明しないといけなくなり、そうなると非常に都合が悪い。今回は本当に酷い目にあった。

「アリサー」

癇に障る声を上げて、タマが入ってきた。
アリサはますます不機嫌になった。

「見るニャーー」

今回の仕事の後、タマにも支給された、携帯用小型端末をアリサの顔面に押しつける。アリサは、無言で端末を掴み、扉を開け、居住スペースに投げ捨てた。アリサは、がらくたの山に埋もれた端末を必死で探すタマを尻目に扉を閉め、中から鍵をかけた。

「アリサ、アリサ、ミテリアの徴兵船がニュースになってるニャー」

タマが扉を叩きながら訴える。
アリサは、あわててタマを室内に引きずり込んだ。

「ばか!!あの時の話を不用意にするんじゃねえよ」

幾分か声を落として、でも十分にドスを利かせてタマに凄む。だが、タマはどこ吹く風で、もういちど、繰り返す。

「ニュース見るニャ」

アリサが、しぶしぶタマの端末を取り上げて、表示されているニュースを読み始めた。

ミテリアの徴兵船がゲリラの部隊に襲われた事がきっかけで発生した大きな戦闘の顛末と共に、徴兵船のあまりにも人権を無視した実体を訴えかけるその記事は、まるで見てきたように、真に迫った内容だった。文末には『3S』と署名がある。

「3S……セイ……?いや、まさか……」

ページを送っていくと、急にニュースでなく、アンドロイドのスペック表が出てきた。

「何だこれ」

タマも、端末を覗き込む。

「俺じゃないニャ。これ部長のおさがりだから、部長のデータだニャ」

「……宇宙航行支援用アンドロイド……」

型落ちだが、単独で宇宙船を航行させる事のできるシリーズだ。これがあれば、クロネコ1号位の規模の宇宙船なら、飲んだくれの乗組員1人でもまわせるだろう。中古価格もしっかり調べてあった。その中古価格の横にある、アンドロイドの値段よりもかなり低い数字は、アリサの一年分の給料の額ではなかろうか。

「ま、中古でもなかなか手がでるもんじゃねえしな」

ははは、とアリサは乾いた笑い声をあげた。
タマが訳も分からずに一緒に笑ったので、とりあえず、端末を顔面に叩きつけた。

「笑えるか……」

何か文句を言っているタマを完全に無視して、アリサはディスプレイ越しに、天を仰いで、ため息をついた。真っ暗な中に、まばらに浮かぶ星の光が、いつも以上に寒々しく見える、気がする。

……が、何も見なかった事にして、アリサは、とりあえず眠る事にした。
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終わり

2010.05.12

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