貨物デッキの廊下は灯りが半分落とされていて薄暗い。あちこち塗装が剥げ落ち、まだらに錆が浮いている床や壁は、貧弱な灯りの所為で余計に汚らしく見えた。

廊下の左右には、頑丈そうな扉がいくつも、規則正しく並んでいる。この船が建造された当初、ここにはミテリアから周辺の星に運搬する穀物が満載されていた。しかし、現在の積荷は、沢山の人間だった。

船の駆動音だろうか、遠くから聞こえる規則的な重低音に、ゆっくりとした、重々しい足音が重なる。扉の列の間を、レプタルが1人、油断無く左右に首を向けながら歩いていた。この扉の並ぶ廊下が彼の持ち場で、彼は、任務について以来延々とこの廊下の往復を繰り返していた。

そして、彼は、もういい加減、飽き飽きしていた。

ゲリラと戦えると聞いていたのに、実際は隠れている連中を捕まえて船で運ぶだけの仕事に過ぎなかった。捕まえるときに多少は抵抗する奴もいるらしいが、自分は積荷の監視と世話という、一番の雑用を押し付けられてしまったので、その場面に立ち会う事も、腕を振るう事も無い。武器を取り上げられ、檻に入れられてしまった連中が多少騒いだ所で、彼を満足させる戦いにはなりはしないのだ。

彼は鉄の規律の染み付いた屈強なレプタルだ。とは言え、この退屈な仕事がこの先も続くと言う事と、先ほどレディ・バンから受けた厳しい叱責が、彼の心を今までに無い程にいじけさせていた。

だから、扉を叩く音が聞こえてくるのを、最初は無視していた。騒ぐ連中を黙らせるのも仕事のうちだが、積荷どもと関わっても碌な事が無いとさっき学習したからだ。しかし、何度往復しても音は途切れない。それどころか

「ホシイ。ココ、ココ、キテ」

片言のレプタル語が混ざり始め、それは、ひどく彼の興味を惹いた。

「何を騒いでいる」

扉越しに声をかける。声は、一瞬止んだ。

「シヌ…シヌダ?ニンゲン。ココ」

良く見ると、ここは、先程思い出したくも無い騒ぎのあった部屋だ。一気に関わる気が失せたが、結局、好奇心には勝てず、ショック銃を構えながら扉を開ける。扉の傍に、騒ぎの張本人であった男が、レディ・バンに折檻された時のままで倒れていた。その横に座り込んでいる男が、片言のレプタル語を繰り返しながら、しきりに指さす。

「死んだのか」

男が頷いた。

彼は、死体を担いで歩き出した。ゴミの処理も仕事のうちの一つだ。それは、とりあえず、この廊下を往復しているよりはよっぽどマシに思えた。





最下層の一室に設けられたゴミ捨て場は、食糧貯蔵庫も兼ねていた。切り刻まれた生き物の残骸が無造作に放置されているすぐ傍らに、大小さまざまな檻がたくさん積んである。檻の中には毛むくじゃらの生き物が詰め込まれてるが、皆、息を殺していて、物音一つしない。

不意に、扉が開き、レプタルが入ってきた。何か大きな荷物を抱えている。この部屋は、調理場をも兼ねていて、おそらく、これから、誰かが檻から引き出され、彼らの目の前で切り刻まれる。檻の中の食料たちは、身を寄せ合うように縮こまった。

しかし、レプタルは、ゴミ捨て場に、抱えていた荷物を無造作に放り込むと、檻には目もくれずに踵を返した。今回は、どうやらゴミを捨てに来ただけらしい。ゴミは、毛むくじゃらではない宇宙人の死骸のようだった。

「あ、アリサっ……!?」

檻の中の一つから、声が上がった。

声に気をとられ、レプタルが立ち止まった。次の瞬間、鈍い音と、堅い物が砕けるような音が、響きわたった。レプタルが後頭部を抑えてよろめく。振り向くと、さっき捨てたはずの死体……アリサが、ゴミの中から拾い上げたらしい、何かの頭蓋骨を持って仁王立ちしていた。頭蓋骨は、先程レプタルに食らわせた一撃の所為で、半ば砕けてしまっていたが、アリサは、構わず、振りかぶって、今度は鼻先に思いっきり振り下ろした。派手な音を立て、骨は砕け散った。

「どうだ!!ざまあみろっ……トカゲ野郎!!!」

アリサが、勝ち誇った声を上げた。しかし、レプタルは、鼻を押さえて一歩下がったものの、すぐに怒声を上げながら掴みかかってきた。勝った気でいたアリサは面食らいながらも迎え撃つ。

戦闘服で防御をしっかりかためているレプタルに対し、アリサはまったくの無防備だった。顔から腹から、嫌というほど殴られ、最初こそ同じだけやり返していたが、やがて、床に組み伏せられ、一方的に殴られるままになった。しかも、拳を受け止める度に、床を引きずられる度に、さっき怪我した背中が容赦なく痛む。

完全に押さえ込まれた体勢で、雨あられと拳の降る中、アリサの意識は、レプタルの腰のショック銃に向いていた。このトカゲは勝てる喧嘩に夢中で失念しているようだが、ショック銃を使えば体格なんか関係無しで勝負は一気につく。

アリサが頃合を見計らって、最後の、渾身の力を込めて体を起し、一気に手を伸ばした。予期せぬ反撃に一瞬体勢が崩れたものの、レプタルはすぐにその意図に気づき、アリサを突き放す為に肩を掴もうとした。が、何故か、レプタルの手は空を切った。困惑からくる、思考の空白。そのわずかな隙を突いて、アリサが銃を取り、戦闘服のどてっぱらに押し付け、迷わず引き金を引いた。大きな炸裂音が部屋中に響き、反動でアリサは床に叩きつけられた。ショック銃の出力は最大に設定されていた。加えて、ほとんど零距離からの銃撃。レプタルは短く悲鳴を上げると痙攣するようにもがき、アリサの上に倒れこんだ。

この宇宙の平均的な生き物なら確実に死ぬ一撃だったが、このトカゲにはまだ息があるようだ。しかし、この様子なら当面は動かないだろう。アリサは、レプタルの下から這い出すと、とりあえず、銃をベルトに引っ掛け、立ち上がった。背中は酷く痛むし、顔も多分酷い事になっていると思うが、とりあえず動くのに支障は無さそうだった。

「アリサ〜良くやったニャ!!」

アリサは、辺りを見回した。

「きたねえ部屋だな……」

部屋の中に充満し、服からも漂ってくる酷い匂いと、あまり気分の良くない光景に顔をしかめながら、ドアから、廊下を伺う。人影は無い。きっとどこかに小型艇の格納庫があるはずだ。それを奪って逃げるしかない。

「アリサー、俺だだニャ。早く助けるニャー」

かなり酷い目にあったが、ここまでは首尾よく行った。何故自分を助けたのかは解らないが、とりあえず、あの、セイとかいう男には感謝しないといけないな。

「アリサー。アーーリーーサーーー!!」

そうだ、部屋を出る前にこのレプタルをふんじばっておこう。どこかに適当な紐は…

「アリサ!!……アリサ!!の!!アホたれ!!間抜け!!ばーかばーか」

「うるせえ!!」

アリサが、檻のうちの一つを蹴った。その小さな檻の中には、体を折り曲げるようにして、タマが押し込められていた。

「俺を出すニャ。早く出すニャ」

タマが、檻にはめられた鉄格子を持って暴れるのを、アリサは冷ややかに見下ろした。助ける気などこれっぽっちもないのが明確に見て取れる目をしている。

「ああ、気づいてなかったのかニャ。実はさっき銃の取り合いになった時にアリサを幻術で助けてやってたんだニャ。これで貸し一つニャ!!だから……」

「俺に貸し借りの概念は無い」

「俺はこのままだと切り刻まれてレプタルの餌ニャ!!!!」

「知るか。黙ってろ!!」

アリサが、力いっぱい檻を蹴飛ばした。はずみでタマの檻は横倒しになって、奥の檻にぶつかる。ぶつかった檻の中には、一抱えもありそうな毛玉が入っていた。まん丸で、良く見ると小さな目玉が2つ。狭い檻に5匹ほどがぎゅうずめになっている。周りの檻にも、毛の生えた色々な形の生物が詰まっていた。中には、あきらかに知的生物も混ざっている。彼らが、何かを期待するように凝視してくるが、アリサは無視を決め込んだ。

「さ、行くか」

振り向くと、ドアがなくなっていた。かと思うと、ドアは無数に増え、いくつかは長く伸びてアリサの周りをぐるぐる回り始めた。

「タマ……てめえ」

「お前もこっからださないニャ。レプタルに捕まればいいニャ!!ざまあ!!」

この、と、タマの檻を再び蹴ろうとしたとき、伸びていたレプタルが動き、起き上がろうとした。あわてて、もう一度、ショック銃で撃つ。

「あ、あれで起きるか…なんて丈夫な奴なんだ…」

「何時まで銃のエネルギーが持つかニャ」

「…………」

アリサは、無言でしばらく考えた後、銃把でタマの檻の鍵を叩き壊した。喜びの声を上げながら転がり出てきたタマに、無言で蹴りを入れる。痛みで転がりまわる羽目になったタマを無視して、アリサは再び廊下を窺った。

「静かにな。レプタルに気づかれたらお終いだ」

「ちょっと待つニャ!!」

「タマ、てめえはこの先一言も喋るな。喋ったら撃つ」

外は未だ、静かなものだ。そういえば、収容されていた部屋からここに来る間も他のレプタルには遭わなかった。もしかしたら、この船にはそんなに乗員は居ないのかもしれない。なら、逃げ出した事そのものに気づかれないで格納庫まで行く事も、きっと不可能ではない。

「じゃ、行くぞ」

……と、振り向くと、そこにはタマではなく、アリサの膝くらいまでの大きさをした、まん丸の毛玉があった。ふわふわの体毛の奥に見え隠れする小さな瞳で、アリサを真っ直ぐに見つめている。毛玉は、何やらむにゃむにゃ言うと、ふわりとアリサの横を通り過ぎ、廊下へと出て行ってしまった。その後を、同じ形をした毛玉が10匹ほど続く。

「ちょ、おま」

部屋の中では、タマが、檻の鍵を開けていた。

「みんな、逃げるニャ!!」

アリサの半分ほどの背丈で、短い毛のびっしり生えた連中が、歓声を上げて檻から走りでて、そのまま大騒ぎで走り去る。

大きいの、小さいの、人間型、そうでないの、とにかくいろんな毛むくじゃらの生き物が、歓声を上げながら、口々に謝辞っぽい事を言っては部屋を出て行く。タマの手を握り、涙を流すものもあった。タマは、得意満面で、彼らを送り出していく。

「いい加減にしろ!!!」

アリサが、なんとか自分を取り戻したときには、全ての檻は空っぽだった。遠くからいろんな声が聞こえてくる。なんだか騒ぎになっているようだった。

「アホか!!なんかもう…アホか!!」

「アリサ、うるさいニャ!!冷静になるニャ!!奴らに見つか」

アリサはとりあえずタマを殴り倒した。

「格納庫だ!!とにかく格納庫!!!!」

「それは何処にあるニャ?」

「知らねえよ」

「使えないニャ」

もう一回殴り倒した。

「あ、アリサ…」

「何だ!?」

殴られる前に、タマが慌てて部屋の一角を指差した。

「レプタルが起きそうニャ」

もう一度ショック銃を発射する。レプタルがまた伸びた。

アリサは、酷く疲れてきた。

「もたもたしないで、とにかく行くニャ!!」

「そーだな」

そしてすごく惨めな気分だった。





廊下の向こうに、レプタルが一匹。こちらに気がついたようだ。一足早く、ショック銃を撃つ。相手が警戒して廊下に隠れた隙に、アリサとタマはとにかく全力で走り出した。すぐ脇をショック銃の光線が掠める。

規模は違うが、こいつが貨物船だとすると、船の構造は他の船とそんなに変わりは無いはずだ。アリサは、か細い経験と勘を頼りに、止まることなく走り続けた。幸い、レプタルと正面から遭遇することはなかった。毛玉どもとは途中で何度もすれ違ったし蹴飛ばしもしたが。

どこかで大きな音がして、船全体が揺れた。無機質な合成音声で、外部からの攻撃を受けた、と、言うような緊急アナウンスが流れ、同時に、アリサの端末に、通信が入った。

「おい、派手にやったみたいだな」

映像は来ていないが、聞き覚えの有る声だった。

「……お前、セイか?何やってるんだ!?」

「奴ら、反乱分子を追いかけるのに夢中で、通信室を空けているから、代わりに通信士を務めてやっているんだ」

「ゲリラの仲間だったのか」

「違うよ」

「嘘付け。俺を利用したな!」

「何も知らない同郷人が巻き込まれるのは可哀想だと思っただけだ。船内の地図を送ってやるから、とにかく逃げろ。急げよ」

一方的に通信は途切れた。


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