×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。




その宙域には、広大な範囲にわたって、岩石や何か良くわからないものの残骸が、不自然に密集していた。大小の浮遊物の間を縫うように、一隻の小型艇が飛んでいる。ぎくしゃくとした航跡から、一目でマニュアル操作だと見て取れた。

小型艇は緊急脱出用ポッドを兼ねた、文字通り小型の宇宙船だ。船体は楕円形で、両脇に着艦用の足、後方にエンジンが付いている。内部は2人がかろうじて乗れる程度のスペースしか取れない為、貨物などとても積めないのだが、今回運ぶ荷は手のひらに収まるような小さな箱ひとつなので十分事足りた。その大事な荷物は、座席の間に無造作に放り出されている。

この辺りは、元々、小惑星帯だったのだが、周囲に居住に適した星が無く、誰も近寄らないのを良い事に、色々な人間が長年にわたって様々なゴミを捨て続けた結果、星図も作れないような場所になってしまったのだという。ただ、宇宙船にとって命取りになるような大きな障害物はそう多くは無く、ナビの指示を受けながら慎重に行けば通り抜けられない事はない。それなりに命がけな割に得るものが少なすぎるので、誰もやらないだけだ。

「アリサ!!右ニャ!!左ニャ!!ああもう、違うニャ!!」

「うおおおあああああ」

「左ニャ!!下、下ニャ!!!あ、上からくるニャ!!!きをつけろニャ!!」

「うるせぇぇぇぇぇぇ!!!」

タマのナビは無い方がマシだった。アリサは、余裕が出来たらこのアホを船外に放り出そうと思いながら、完全に目視と勘で船を飛ばしていた。どこで訓練を受けたのか、アリサの小型艇の操縦はかなり堂に入っている、が、さすがにマニュアル操作のみでどうにかできる状況ではなかった。

「アリサ!!上ニャ!!上!!上!!!」

「黙れアホ猫!!」

「上だって!!う」

「いい加減黙らないと三味線にす」

この小型艇のセンサーとスクリーンの性能上、完全に目視で操縦した場合、上方と下方に大きな死角が出来る。だから、急に上から小型艇めがけて跳んできた岩の塊を避ける事はできなかった。岩にぶつかった小型艇は全ての機能を停止し、悲鳴を上げる間もなく、2人は衝撃で意識を失った。

そして、上方から、岩が飛んでくる原因をつくった大きな戦艦が現れ、小型艇を回収した。





……

……

……

暗闇の中。ふと、何かが触れる感触がした。すがるように、必死でその感覚を手繰る……これは、目をまぶたの上からグリグリ押されている、のか。細い棒、いや、指だ。体温を感じるし、爪がある。

次の瞬間、まぶたを押していた2本の指が、閉じた目を、強引にこじ開けた。暗闇に慣れた瞳に、光が刺さる。

「うわぁ」

「うおっ」

アリサが飛び起きた。弾みで、目の前に居た誰かにぶつかり、その誰かが尻餅をついた。痩せた中年の男だ。ぱっと見はアリサと同じような人種に見える……少なくとも、ミテリア人ではない。薄汚れてはいるが、わりとちゃんとしたジャケットを着込んでいて、労働者や船員のようには見えなかった。

「てめぇ、何しやがる!!」

アリサが怒鳴るのを、男は涼しい顔で受け流した。

「お、元気そうじゃないか。良かった。一人で心細かったんだよ。あんた地球人だよな?俺もさ」

「…ここはどこで、お前は誰だ?」

男の言葉に、幾分か落ち着いたアリサが、壁を背に座りなおした。目を閉じた状態よりはマシだが、薄暗い部屋だ。見回してみると、自分達以外にも20人程居るようだが、部屋の広さに対して明らかに定員オーバーだった。何も考えずに入るだけ押し込めている、といった感じだ。衛生状態も悪く、体臭やその他もろもろが混ざった吐き気を催す匂いがたちこめていて、居心地の悪さはクロネコ一号の居住区の比ではない。

部屋の中の人間は、皆、一様に、ひどく疲れたように座り込んだり寝そべったりしていて、無言だった。怪我をしている者も居るが、ロクに治療もされていない。大体がミテリア人のようだが、自分と目の前の男を含め、そうじゃないのも少し混じっていた。

「ここは、ミテリア政府軍の徴兵船だ。俺はセイ。お前さんと同じで運の悪い男さ」

「徴兵って…俺はミテリア人じゃないぜ」

「しっ…」

セイが目配せした方向で、小さな金属音を立てて、扉が開いた。

廊下から差し込む光の中に、大きな影がひとつ、小さなワゴンを押しながら、ゆっくりと部屋に入ってきた。床に寝そべっていた男達が、慌てて道を空ける。

そいつは、2メートル半はある体躯を、今すぐ戦場に出られるような、大げさな戦闘服で包んでいた。皮膚を覆う鱗は見るからに硬そうで、わざわざ戦闘服を着込む意味があるようには思えないほどだ。頭は前後に長く、その頭の半分以上を占める大きな口には鋭い牙がびっしり生えている。全体的に、大型の爬虫類を想起させる体形をしていた。戦闘服は、ガンメタルカラーの良く有るタイプだが、身長の半分程はある長い尻尾を覆う部分が真っ赤に塗られているのが目に付いた。腰には最新式のショック銃をぶら下げている。

「レプタルだ……」

アリサがつぶやいた。レプタル人。極めて好戦的で、戦や戦死に名誉だの喜びだのを見出す系の、性質の悪い連中だ。自分達の為の戦いに飽き足らず、半ば傭兵部隊と化してまで、戦争を求めてあちこちに出張ってくる。その為、レプタルの軍隊の精強さは、銀河帝国、銀河連盟双方に鳴り響いているが、基本的に紛争地域にしか居ないので、実際に見るのは初めてだった。

セイが、アリサに耳打ちした。

「やつら、鱗有りはレプタル、無しはそれ以外、毛むくじゃらは餌、位の区別しかしてないのさ」

毛むくじゃら、と聞いて何かを思い出しそうになったが、気のせいだった。

「そんなのが徴兵船仕切っててもいいのか?」

「基本的にやつらが航行するのは、反政府ゲリラが居る宙域だ。そんな所にいる異星人なんて、脛に傷のある奴ばかりだろ?」

「何だそりゃ。でたらめな……」

レプタルが、ワゴンを押しながら、目の前を通過する。目の前に、20センチ四方程のパックが投げつけられた。食事のようだ。

パックを開けてみると、ぐちゃぐちゃの肉塊的なものが入っていた。大量の毛が混ざっている所を見るに、毛むくじゃらの何かの成れの果てのようだった。こんなもの、とても食べる気がしない。回りの連中も、手をつけようとはしていなかった。

そのままパックを閉めて、目の前に放り出した。隣に居るセイは、パックを拾い上げもしていない。代わりに、セイの手には、見覚えのある携帯用端末があった。

「クロネコのアリサ君、か。運送業者が何でまたこんな宙域に」

「あ、てめえ」

アリサがセイの手から端末をひったくる。あわてて確認すると、外部への通信が不可能になっていた。

「おい、これは……」

「そんな怖い顔するなよ。壊したんじゃない。この部屋、通信が遮断されているらしい。まあ、当たり前の話だが」

セイが、ズボンのポケットから、随分と年季の入った個人用小型通信機を出して振って見せた。ディスプレイには、通信不可能のアイコンが出ている。どちらの端末も、通信機能以外には問題は無いようだった。

「にしても、普通なら取り上げるもんだろ」

「武器以外は気にしてないんだろうな。そういう連中だ」

「このまま行くと、俺はどうなるんだ?」

「徴兵船ってくらいだから普通に考えりゃ訓練所送りなんだろうが、ゲリラが正規兵になるわけないしな。まあ、どこかろくでもない所に運ばれて、ろくでもない事に従事させられるんだろうな、生きていれば」

「……冗談じゃねえ。俺はミテリアなんか関係ねえっつの」

アリサは、勢い良く立ち上がると、食事の配給を終えて立ち去ろうとしていたレプタルに走り寄り

「おい、トカゲ野郎!!」

レプタルの腕をつかんで、怒鳴りつけた。

レプタルの顔は他人種には表情が読み取りにくい。しかし、見るからに気分を害したようだ。そいつは、怒声を上げながら、アリサを突き飛ばそうとした。が、アリサは動くことなく持ちこたえ、レプタルの顔を拳で思いっきり殴りつけた。殴られたレプタルは2、3歩よろめいて、口を大きく開けて威嚇の音を出した。激怒しているようだ。そのまま猛然と突進してくるのに、アリサは逃げずに間合いをつめ、組み付いた。レプタルもそれに応じる。力比べの格好になった。

それまで無気力そのものだった、他の収容されていた連中が、色めきたった。彼らも、いい加減この話の通じない不気味な異星人にうんざりしていたのだ。アリサに加勢しようと、一斉に動き出す。

その時、騒然とした室内に、乾いた音が響き渡った。その音は、その場にいる者の動きを止めた。一瞬で、部屋の中は、呼吸の音すら聞こえるような静寂に包まれ、全ての視線は一点へと向けられた。

視線の集中する先、開いたドアの向こうに、レプタルが2人立っている。

1人は、食事を配っていたのと同じような体格で同じような戦闘服を着込んでいる。他人種から見るとまったく見分けがつかない。

もう1人は、一回り小さく、気持ち華奢に見える。身に着けている戦闘服は洗練された最新型で、ぴかぴかに磨き上げられ金属のような光沢を放つ鱗を誇示するように、必要最低限の場所しか覆っていない。手には鞭を持っており、これが先程の音の発信源らしい。その鞭を、もう一度、床に叩き付ける。身の竦む様な破裂音にバチバチという音が混ざった。どうやら、電気が通っているらしい。

2人とも、戦闘服の尻尾の部分を赤く塗っていた。

「レディ・バン……」

食事係のレプタルが、アリサを突き放して、脇にかしこまり、跪いた。レディ・バンと呼ばれた、小さい方のレプタルが、ゆっくりと前に歩み出る。異様な雰囲気に、群集もその歩みに合わせるように後ずさって行き、アリサは一人取り残される格好になった。

「あ…あんたは、下っ端じゃなさそうだな。俺はミテリア人じゃねえ。さっさと開放しないと……」

腰が引けながらも、精一杯虚勢を張る。

「抵抗する奴は好きにしても良いと言われている」

みなまで聞かず、レディ・バンが、その爬虫類めいた口から発せられたとは思えない流暢な帝国共通語で言った。脇に控えていた食事係のレプタルが、跪いたまま一歩前に出て、激しい口調で何事かを口にする。レディ・バンはそれを一瞥すると、顔面を蹴っ飛ばし、二言、三言叱責した。レプタル語でのやり取りである為、内容は解らないが、レディ・バンの言葉は、端で聴いていても震え上がる程に迫力があった。それをもろに向けられた食事係のレプタルは、俯いて縮こまってしまった。

「…………も……問題になる……ぞ…」

凍りつくような空気の中、アリサがようやく搾り出した、続く言葉を

「ゲリラが一匹消えるだけだ。問題など無い」

レディ・バンがいとも簡単に切って捨てた。

再び、シンとした空間に、時折鞭を通る電気の音だけが響く。実際には数秒だったのだろうが、とても長く感じられる時間が過ぎ、ついに、緊張に耐え切れなくなったアリサが、叫び声を上げて、レディ・バンに掴みかかった。

しかし、動き出した途端に、入り口近くに控えていたレプタルの持っているショック銃から発射された光線が命中し、アリサは前のめりになって倒れた。レディ・バンが、追い撃つようにアリサに向って鞭を数度振り下ろす。丈夫なはずの服がいとも簡単に破れ、剥き出しになった背中の皮膚が焼け焦げた。

「死んだら捨てろ」とでも言ったのか、いまだ俯いている食事を配っていたレプタルに一言冷たく声をかけると、レディ・バンは振り向きもせず出て行った。

-------------------------------------------------------------
3へ

戻る