×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。


【クロネコ・アース】



宇宙港の宙運局カウンターには長い列が出来ていた。
ミテリア星系では政府軍と反政府ゲリラとの戦いがここ数年続いており、人や物の出入りの監視が厳しくなっている。その為、各種手続きにはやたらと時間がかかり、列ができる事自体はそう珍しいことではない。しかし、今日は、その列が一向に進まない。先頭で、1人の男が受付のアンドロイドと押し問答をしている所為だ。

アンドロイドは平均的なミテリア人女性の姿をしている。上背2メートル超、胴も手も足も細く長い。この個体は薄紫色をしているが、肌の色は様々で、金属のような光沢がある。ミテリアのアンドロイドには個性や権利はなく、整った顔は無機質で笑顔以外の表情を浮かべる事は出来ないようになっていた。部署によって服の色は異なるが、基本的にこの宇宙港のアンドロイドの容姿は皆同じだ。

文句をつけている男は若く、年の頃は20代半ば。一見して、ミテリア人ではない事がわかる。アンドロイドよりも頭一つ程背が低いが、かなりがっしりしているので大きく見えた。着用している深緑色のツナギはメットを被れば簡易宇宙服にもなるタイプで、民間の宇宙船の船員が好んで着る物だ。背中には黒一色で何か生き物らしきものをデザイン化したイラストとロゴが入っている。ロゴは地球語と連盟共通語で書かれていて、そこから彼の出身地を推察することが出来た。

男は先程から同じ言葉を繰り返すアンドロイドに、同じ言葉を何度も何度も返している。
その応対ぶりはかなり横柄なもので、これはアンドロイドに対する人権意識が希薄な地域で育った人間がアンドロイドに対して取る平均的な態度だが、この青年の場合は少しばかり度を越しているようにも思えた。

不毛なやり取りは、延々と続いている。列の後ろから明らかな苛立ちが伝わってくるようになっても、、男がアンドロイドを開放する気配はまったく見えなかった。

『通過許可証を発行することはできません』

アンドロイドが幾度目かの台詞を言った。

「だから何でだよ。運行計画はちゃんと提出したぞ」

男も幾度目かの台詞を返した。ただ、アンドロイドとは違って、男の声はやり取りを繰り返す度に苛立ちが混ざっていき、今ではもう怒声に近いものになっていた。

『事前に提出された計画と、船体スキャンの結果の間に、異なる部分があります』

「だから、3日もかけて総チェックしたんだ。違っているはずがあるか。ちゃんと調べろって何度言ったらわかるんだこのポンコツ!!」

『通過許可証を発行することはできません』

「ちゃんと調べろって言ってるだろ!!」

『事前に提出された計画と、船体スキャンの結果の間に、異なる部分があります』

「ふ……」

男の我慢は限界に達しようとしていた。拳を握りしめた手がぶるぶる震えている。次に何をする気なのかは明らかだった。彼の後ろにぴったりとついていた列が、全体的に、一歩あとじさる。

「ふざけんな!!」

宙港中に響き渡りそうな怒声を上げ、男が片手でカウンターを叩いた。間髪入れず、もう一方の手でアンドロイドに掴みかかろうと身を乗り出す。その鼻先に銃口が突きつけられた。最新鋭のショック銃だ。衝撃の強度を上げれば人を殺すぐらいわけない。銃を握ったアンドロイドは笑顔を浮かべ続けている。

『当宇宙港は現在戒厳令下にあります』

アンドロイドは笑顔で言葉を続けた。

『貴方の行為は騒乱行為未遂及び暴力行為未遂にあたります。戒厳令下での公共スペースにおける騒乱行為及び暴力行為に対しては物理的抑止力の行使によって速やかに秩序回復を図る事が政府によって義務付けられています』

アンドロイドは笑顔で言葉を続けた。

『直ちに当宇宙港から退去してください』

アンドロイドは笑顔で言葉を続けた。

『これは警告です』

男は、大きく舌打ちをすると、カウンターを蹴飛ばそうとして

『戒厳令下では、警告の後、直ちに物理的抑止力の行使を』

泡を食って走り去った。

アンドロイドはそれを一顧だにせず次の客の手続きに入った。





クロネコ・アース帝国方面−001号略してクロネコ1号は主に民間の貨物を扱っている中型の貨物船である。型式が古い上に、ロクに手入れもされておらず、外観はかなりみすぼらしい。ミテリアは銀河帝国の辺境部に位置する為、船体にマーキングされた地球語と連盟共通語は珍しく、その見てくれと相まって、ドッグに並ぶ沢山の宇宙船の中で悪目立ちしていた。

船体のほとんどが貨物スペースに取られているというのは貨物船では当然の事だが、この船は旧式であるため、エンジンルームが居住空間を大幅に圧迫している。その為、船員のためのスペースは、2人入れば満員のブリッジと言うにはあまりにも狭くみすぼらしい操縦の為の空間と、そこから扉を一枚隔てた簡易ベッドが2つあるだけの居住区というにはあまりにも狭くみすぼらしい寝泊りする為の空間、あとはロクに掃除もされてないシャワーとトイレだけだ。訴訟を起こせば勝てるレベルの劣悪な労働環境だった。

ただでさえ快適ではないクロネコ1号の居住区的な空間は、常に雑多ながらくた、主にアルコール類を入れる為の様々な容器で散らかっていて、足の踏み場も無い。それは床のみならず簡易ベッドのうちの一つも占拠していて、本来は2人用のはずのこの部屋は1人で居るのにも窮屈な有様になっていた。

そんな床のわずかな隙間に、宇宙港に居た男が幾分姿勢を正して立っている。彼の名はアリサ、この船の運転手助手だ。その前の簡易ベッドには、男が胡坐をかいて座っている。右手にはアンティークな一升瓶型容器、左手には並々と酒と思しき液体の注がれたコップ。地球の一地方に伝わる伝統的な手酌スタイルだった。手入れされてないくしゃくしゃの長い黒髪と黒い色の着いたレンズのはまった眼鏡の所為で、顔は半分隠れていて、人相は明らかではない。彼はこの船の運転手にして、クロネコ・アース社の帝国方面運送部部長だった。ただ、いつも飲んだくれているので業務の大半は帝国方面運送部に所属する唯一の社員である所のアリサにまかせっきりだ。部長はコップの酒を一気にあおり、また酒を注いだ。

「アリサ君、チェックは任せていたはずだが」

飲んでいる割にはしっかりとした、優しく嗜める様な部長の言葉に、アリサは不貞腐れた表情を浮かべた。

「俺はちゃんとやりましたよ」

声にも態度にも自分は全然まったく悪くない、反省はしていない、という感情が盛大に現れている。部長が、慣れた様子で、うんうんと頷いた。

「それはわかったから、もう一度積荷を見てくれないか?」

「必要ないです。ミテリアのアンドロイドがバカなんです」

「最終チェックはいつ?」

「それは……」

「3日前に運行計画提出用のチェック作業終了の報告があったけど、それから日常点検は?」

「……」

部長が、コップではなく瓶からいった。みるみる液体が減ってゆく。口の端から結構こぼれているのを気にする様子も無い。やがて、空になった瓶を静かにベッドの上に置き、左手のコップも飲み干し、酒臭い息を吐いた。眼鏡で見えないが、きっと目は据わっている。

「見てきて欲しいな」

「わかりました」

アリサは、あわてて居住区を出た。





貨物倉庫は、この船の3分の2以上を占めている。船は旧式だが、貨物倉庫には手を入れてあり、ここだけは他の一般的な船と遜色無い。ただ、コストダウンの為に壁や天井は構造材がむき出しになっており、照明も最低限しかついていない。全体的に暗く陰鬱な雰囲気だ。

居住区の扉から廊下を通って貨物倉庫へ入ると、まず、管理システムの端末の有る小さな部屋がある。改めてスキャンすると、3日前に調べたときよりも荷物が重くなっていた。しかも生体反応が出ている。リストを見るまでも無く、今回の積荷に生物は入っていなかった。

携帯用の小型端末を持って、小部屋の扉から貨物倉庫へ足を踏み入れる。一応ショック銃を携えてはいるが、とんでもなく旧式だし、メンテナンスしていないのでまともに動くかどうかもどうかも怪しい。本当に気休めだ。

貨物倉庫の中は中央に細い通路、左右に大きな倉庫という配置になっている。倉庫は壁でいくつかの部屋に仕切る事が出来、区画毎に様々な環境に対応させる事が出来た。生体反応が出たのは、地球人を含むこの宇宙の大多数の生物が活動可能な環境に保ってある区画だ。

扉を開けて、生体反応の出た区画に入る。そこには大小さまざまなコンテナが雑然と積んである。3日前に入ったときと変わりは無い様に見えた。端末の表示を頼りに生体反応が出ているあたりに来たが、相変わらずコンテナ以外見当たらない。

「クソッ……」

思わず悪態をついて、足元に合った小さなコンテナを蹴る、と、思っていたのとは違う感触がした。

「ん?」

改めてよく見てみたが、それは無機質なコンテナそのものだった。アリサは、訝しげな表情で、何度か確認するように踏みつけた後、コンテナを力の限りに蹴り飛ばした。生暖かい生き物の感触がしたそれは有機的な鈍い音を立てて大きなコンテナにぶつかり、何とも表記しがたい、明らかに苦痛を表すうめき声を上げ、有機的な鈍い音を立てて倉庫の床に落ちた。次の瞬間コンテナは掻き消えて、その場所に、けむくじゃらの塊が現れた。

塊はもぞもぞと立ち上がろうとした。2足歩行、人間型の生物だ。背はアリサよりも、少なくとも頭2つ分は低い。全身は短い毛で覆われ、からし色のベストを着て首には赤いスカーフ、カーキ色のズボンと、ズボンと同じ色をした作業用のごつい長靴を履いている。丸い大きな目はアリサをじっと見つめ、頭の上についた三角形の耳はせわしなく動いている。そいつは地球で言う所の猫を大きくして無理やり二足歩行させたような姿をしていた。自らの星を持たず、何かを生産する事も無く、人を惑わす力で放浪と盗みを繰り返すキャットテイル人、怠惰の代名詞にして宇宙の嫌われ者だった。

そのキャットテイルはすぐにアリサから目をそらし、何事も無かったかのように背後の大きなコンテナの上に登りはじめた。身長の倍以上はあろうかというコンテナをするすると登っていき、いとも簡単に一番上までたどりつく。高い所に立ったそいつは、改めてアリサを睨みつけた。

「ふはははは、よくぞ見破ったニャ!!」

ビシッと、アリサを指差す。声にはやたらと張りがあるが、舌足らずな喋り方だ。

「この、タマ・ザ・タイガーキャット3世様の幻術を」

みなまで言う前に、アリサは、手に持っていたショック銃を思いっきりタマに向かって投げつけた。銃はタマの頭に当たり、タマは物も言わずに昏倒し落下して動かなくなった。ついでにショック銃も大破した。





アリサが、足でガラクタを掻き分け、椅子にくくりつけたタマを、床に乱暴に転がした。

「密航者が乗ってました。キャットテイルです」

簡易ベッドに寝そべっていた部長が、起き上がる。

「はー、それでかー」

「おい、何だニャこの扱いは!!待遇の改善を要求するニャ!!」

椅子に縛り付けられたまま横倒しになっているタマが、唯一動く足をバタつかせた。

「うるせぇ!!」

アリサが、椅子の背を乱暴に蹴飛ばす。部長が大きく伸びをして、首を鳴らした。

「全宇宙共通で、古来より、密航者への対処法は決まっている。知っているな、アリサ君」

「もちろんです」

「どうするニャ?」

「……船の外に放り出すんだよ!!」

アリサは心底楽しそうな笑みを浮かべると、タマを椅子ごと持ち上げた。

「や、やめるニャ!!」

「あ、その椅子はやるよ。きっと役に立つ」

「なんニャ、何かあるのかニャこの椅子」

「ねぇよ。普通の椅子だ」

「いらんニャーー!!」

「まあ、待ちなさいアリサ君」

「なんですか」

呼び止められて、部屋を出かけていたアリサが、立ち止まった。

「確かにタマ君が密航者なら船外に放り出さなければならない。だが、今ココで採用されれば、話は変わってくる」

「ふにゃ?」

「幸い私には現地で従業員を採用する権限がある」

「うにゃ?」

アリサが思案顔で数秒間止まった。やがて、部長の言わんとしている事に気がつき、顔色を変えた。

「……キャットテイルが何の役にたつってんですか!?早いトコ船外にほうりだしましょう!!そうしましょう!!!」

「アリサは黙るニャ!!」

「何だと!?」

「アリサ君、毎日定期的に行うべき荷物のチェックをサボって密航者を見逃していたアリサ君はちょっと黙って」

「すいません」

「タマ君、うちで働くかい?」

「良いニャ!特別に働いてやるニャ!!オレは暴力アホ男の35万倍役に立つニャ!!!」

「じゃ、採用。しばらくの間、試用期間になるけど、いいね?」

「もちろんニャ!!すぐに正式採用になって役に立たんアリサを蹴落としてアリサは路頭に迷えば良いニャ!!こらアリサ!!今すぐ従業員様の縄を解くニャ!!」

アリサは、無言で椅子を床に置き縄を解くと、タマを椅子から蹴落とした。





と、言うわけで、新規採用の従業員を加えての緊急ミーティングが開かれた。いつもの様に、部長は簡易ベッドの上でくつろいだ姿勢、その前にアリサ。今日はそれに加えて、簡易ベッドの端に、先ほど採用されたタマがちょこんと座っている。アリサが時折、ものすごい目で睨みつけるが、何処吹く風だ。

部長が、幾分か姿勢を正すと、少し空いたスペースに一冊の冊子を置いた。この辺りの宙図だ。その中から、今居る宙域のページを開く。

「このままだとミテリア星系は通れない。もう一度運行計画を作成するにしても、遠回りするにしても時間がかかるだろう。困った事に、ひとつだけ期日指定の厳しい荷物があってね。これだけは先行して別ルートで届ける必要がある」

『別ルート』と言いながら、部長が指で辿ったのは、宙図上で空白になっていたり、詳しく描かれていなかったりする部分だった。これは、ここが小惑星や塵や宇宙ゴミやその他の理由で通行不可能である事を表している。それを見て、アリサが呆れた様子で言った。

「冗談でしょ?こんなルート有り得ないですよ」

「小型艇がある。あれなら小回りもきくしいけるだろ」

部長が事も無げに返す。本当に冗談だと思っていたアリサが、慌てて反論する。

「無理ですよ。小型艇には自動航行システムもナビゲーションシステムもついてないんです。手動と目視で飛ばないといけないんですよ」

「小型端末にナビ機能がついてるじゃないか」

「無理ですよそんな!!正気の沙汰じゃないです!!」

「アリサ君、荷物のチェックをサボってこの事態を招いたアリサ君はちょっと黙って」

「すいません。いや、でも……」

「まあ、君だけに責めを負わせるのも酷だ。ナビを見て指示を出す係も入れて、2人でかかればなんとかなるんじゃないのかな」

と、言って、このやり取りをまったく聞かずに、宙図のほかのページを覗いていたタマを見る。

「なんニャ?」

「いやいやいや。嫌ですよ絶っ対っ嫌!!!」

アリサが真っ青になって手を振るのを、部長は完全に無視した。

「タマ君早速仕事だ。頑張れば本採用も近いぞ」

「やったニャー。俺の有能さをこんなに早く見せ付けるときが来るとはニャ」

「部長……じゃあせめて、せめて部長が運転してください」

「いやぁ、飲酒運転になっちゃうからな」

部長が、言いながら、ベッドの下から取り出した缶ビールを空け、一気に飲み干し、次の一本を出してまた空けてまた飲んでまたベッドの下に手を入れた。

「じゃあナビ役でもいいですから」

「悪い、ちょっと意識が朦朧としてきた」

「……」

取り出したビールを飲み干し、ごろんと横になった部長を見て、アリサが、がっくりと肩を落とした。こうなったら部長は梃子でも働かないのだ。独自の感覚で空気を読んだタマが、ここぞとばかりにベッドの上に立ち上がり、胸を張ってアリサをビシッと指差した。

「行くニャ、アリサ!!お前がナビを努める事を許すニャ」

「……おまえ、免許は?」

「なんニャそれ」

アリサは、タマに、椅子を投げつけた。
タマは昏倒した。

-------------------------------------------------------------
2へ

戻る