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【終末の獣】

■西日本探訪

メモによると行き先は関西の何処かのようだ。飛行機で成田、そこから車で西日本を目指す。空港やその周辺では銃を携帯した自衛隊員を見かけたが、街中は意外なほど普通だった。

道路も普通に、何事も無く通行できる。途中で大掛かりな検問をしているのを見かけたので車を降り、そこから縮地で行く事にした。

箱根より東はほとんど被害は無いといってよかったが、箱根を境に、世界は一変した。

道路も、ライフラインも、断絶しているというようなものではなかった。

地面は沈下し、大小の島が点在しているような有様が、延々と続いていた。

大地を分断する海には無機物から有機物まで、様々な物が浮かび、沈んでいる。

崩壊した家やビル、大きなものでは町の一部が乗っかっている島も有った。そこには生存者が居る事もあったが、彼らに救助の手が伸びる事が無いのは明白で、皆、虚ろな目をして、ただ死を待っていた。

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座標の指し示す場所は、かなり大きな島だった。以前は山であったらしい。広い範囲が海から突き出している。降り立つと、見渡す限り陸地が続いていて、倒壊している建物に目をつぶれば何事も無かったかのようだ。山頂に開けた場所があるようだ。鉄塔のようなものがいくつか見える。山頂へ向かう階段が残っていたので、そこを辿っていく。途中からは徒歩に切り替え階段を上がる、が、わりときつくてすぐに後悔した。

「……遊園地、かな」

階段の終着点には、倒壊はしているが、ゲートらしいものがあった。下から見えた鉄塔は、遊具の跡のようだ。中を覗き込むと、テントが張られ、複数の人間の生活の気配がする。周囲に人の姿は見えない。そのまま普通に中へ入っていく。

「何者だ?」

振り向くと、猟銃を携えた、がっしりした体格の中年の男が居た。男の言葉を合図に、テントの陰から男が数人現れた。雅楽は両手をゆっくりとあげた。

「……被災者ですけど」

男は、疑わしげな目で雅楽を見る。彼らは途中で見てきた人間よりもずっとマシな格好だったが、皆一様に薄汚れて、垢じみている。階段を登る途中で多少汗はかいたが、埃ひとつついてない雅楽はその中で明らかに異質だった。

「何をしている?」

「人を探してる。ここには偶然。しばらく居させてもらってもいいかな」

「武器は?」

「コートの裏に銃が一丁」

周りに居た男が1人近づいてきて、銃を取り上げた。他のポケットも念入りに確認する。やがて、男が離れ、猟銃を構えた男に雅楽の銃を渡した。

「これは、おまえが信用できるとわかったら返してやる」

「どーも」

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被災者達が独自に作り出したコミュニティに混ざって、手伝う人を待つ雅楽。だが、そこには健康な成人男性がやるべき仕事が沢山あった。昼は杭を打ったり穴を掘ったり荷物を運んだりという肉体労働に従事し夜は前後不覚に眠る生活。3日も経つ頃には、肉体よりも精神に深刻なダメージを負い、セッション中最大のピンチを迎えていたのだった。

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■ミラーリング

点在するテント群から少し離れた遊園地の敷地の片隅に、元はレストランだった建物がある。地震の際に半壊したが、今は雨風をしのげる程度に修復され、大人たちの寝食の場になっていた。

夕方、1日の仕事を終えた男達が談笑しながらめいめい夕食をとっている。粗末なものだが、この状況下では規則的に食事を取れるだけでもありがい。酒もないのに彼らは陽気だ。明るくしていないとやってられないという、やけくそな気持ちも多分にあるが。

その隅で雅楽は横になって欝になっていた。明日の事を思うと食事を取る気にも指一本動かす気にもなれなかった。待ってる人が来たら文句の1つも言ってやろうそうしよう、そればかりを考えていた。だから、自分に向かって歩いて来る人間が居た事に全く気がつかなかった。

「……雅楽さん、ですか?」

声をかけられて、寝転んだまま後ろを振り返る。浦谷部が立っていた。

「え?あー、俺が待ってたの浦谷部君だったんだ」

「そうだったみたいですね」

「もー遅いよー。」

「あの、もう1人居るんです。外で待ってますから、来てもらえませんか」

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鉄塔の上から、少女が1人、ふわりと降りてきた。

野暮ったいセーラー服を着ていて、髪は短く、どこを切っても飾り気はまったく無い。そもそも飾る気も無い様だが、その状態が彼女に一番似合っていた。随分こざっぱりとしてしまっているので一瞬わからなかったが、以前、採掘現場で見かけた少女だった。相変わらず、黙っていても全身から剣呑とした雰囲気を醸し出している。

少女は、雅楽を見ると、浦谷部を見、それで全ての興味を失ったかのように飛び上がって鉄塔の上へと戻っていった。

「なにあの子」

「ミラーリング、というらしいです」

「UGN?」

「あ、はい。そうみたいです。俺、仕事の為に日本に来たんですけど、あの子に捕まっちゃって……。それで、リヴァイアサンと言う人のところに連れて行かれて」

雅楽の顔色がちょっとだけ変わった。

「リヴァイアサン?」

「はい。何か変わった人で、俺にコードネームをつける事を強要してきて……」

「……間違いないな。そーかー。生きてたんだ。あー来るんじゃなかった」

「顔の上半分を気味の悪い覆面で隠してました」

「……それはちょっと知ってるのと違うな。でもまあ何考えてるのかわかんない人だし。あー来るんじゃなかった」

「あ、雅楽さん、上」

「?」

上から落ちてきた小さな箱が、雅楽の頭に当たって地面に落ちた。鉄塔の上からミラーリングが落した物らしかった。見覚えの有る小さな黄色い箱には『カローリーメイト』と書かれている。

「なんだよ…」

拾い上げ中を開けると、ミルキーが2つ入っていた。

「なにこれ、食べていいの?」

上に向かって叫ぶ。応えはない。

「俺カロリーメイトの方がいいんだけど無いの?」

無視されたので、かまわず包みを開けて口に放り込む。

「ねえ、浦谷部君、あの子なんなの?」

「さあ。俺も何がなんだか……」

何時の間にか、日は暮れていた。被災者達は、それぞれのねぐらに戻って行った。真冬の寒風に吹きっさらされながら、鉄塔の上の少女は震える様子も無く、その目は一点を見つめている。ふと、視線が直下の森に向けられた。

その直後、ワーディングが周囲を覆った。
沢山の何かが森の中を移動する気配がする。

少女が鉄塔の下に下りるのを、浦谷部と雅楽が迎えた。

「来た」

「そうみたいだね」

「浦谷部君頑張ってね」

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■生き汚い悪魔

森の中から、男が歩み出た。
ぼろを纏い、髪を振り乱してはいるが写真で見た男、ディアボロスだった。
形はヒトだが、立ち居振る舞いは奇妙に非人間的だ。
表情は、笑顔。
ただし、友好的なものではない。

男の背後の闇の中では、沢山の生き物の気配がしていた。
集落からかろうじて届く光に照らされて、グリフォン、ミノタウロス……物語に出てくる架空の生き物を模そうとして失敗したような、何がなんだかわからないねじくれたもの達が所在無さげに立っているのが見える。

「後ろの連中は私が」

返事も聞かずに言い捨てると、ミラーリングは、ディアボロスの脇を抜けて背後の闇へと突っ込んだ。数回、光が幾条かひらめくのが見え、唸り声や叫び声が聞こえたが、やがて闇に飲まれて遠くへ消えていった。

ディアボロスは、浦谷部を見た。

「おまえか」

「……なんだ?」

ディアボロスの体が膨張した。エフェクトを使用する。レネゲイドウイルスがその宿主を守ろうとする力を借りる。そういうものではなく、日常の動作の1つのように、その姿はコウモリのような皮膜を持つ翼と、不揃いな鱗の生えた肢体を持つ巨大な爬虫類めいた獣の姿に変わった。

「おまえもなんだろうが」

くぐもってかすれた声は、興奮を抑えきれないかのように、上ずっている。

「……」

「見せてみろよ」

浦谷部もその身を黒い獣に変貌させた。ディアボロスは、低いうなり声を漏らした。笑っているようだった。

「ここは良いぞ」

「……」

「俺達の必要とするものが全てある」

「お前と一緒にするな」

「同じだ。俺達はもうヒトでもオーヴァードでもない」

「お前と話をする気は無い」

「ああ、俺もだ」

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浦谷部君はミラーリングに「飲め」と強要されて飲みこんでしまった謎の『赤い石』の効果で、いくつかのエフェクトを侵食率上昇無しで使用できるようになっている。その効果は時と共に強くなっていて、侵食率上昇無しで使えるエフェクトは増えつつある。ディアボロスは浦谷部君よりも強くその影響を受けているようだった。

PLはその強力かつ便利な効果に片や大喜びし片や羨ましがったりしていたが、PCは俺どうなっちゃうんだとか、ああはなりたくないなとか、色々複雑だった。

と、いうわけで侵食率というタガの外れた戦闘は凄惨を極めたひどく気分の悪いものとなった。

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浦谷部が、ディアボロスの肩口に噛み付いたまま、腹の辺りを掴んで上半身を捻じ切り、肉を噛み千切りながら頭上に抱え上げて足元に叩きつけた。口腔に残る肉を不味そうに吐き出し、飛び退り、四足をついた低い姿勢でいつでも飛びかかれるように身構える。

うつ伏せの格好で投げ出されたディアボロスの上半身が、ヒトの姿に戻った。

首や腕が滅茶苦茶に折れ曲がっている。

ごろりと仰向く。

表情は笑顔だ。

上半身の脇で無機物の様に無造作に転がっていた下半身が、噛み千切られた肩からかろうじてぶら下がっている状態の右腕が、それ自体が単独の生き物であるかのように動いた。

次の瞬間、地面を蹴って飛び掛った浦谷部の爪の一撃が、ディアボロスの頭部を叩き潰した。ディアボロスの体がはげしく痙攣する。もう一撃、両手を振り上げ振り下ろす。地面に張り付いていた首から上が弾けた。もう動かない。

浦谷部は一歩引くと、肩で荒い息をついた。人間の姿に戻っても、目は油断無くディアボロスの様子を窺っている。その横に雅楽が歩み寄った。

「はいはい俺の仕事俺の仕事」

ディアボロスの体が前触れ無く燃え上がった。

あちこちに飛び散っている肉片が蠢きディアボロスの体に戻ろうとして、次々炎に焼かれて消し飛んでいる。炎にさらされ続けているにも関わらず、潰れて血と肉の染みのようになっていた頭部は、徐々に元の形に戻りつつあった。いびつな円形の肉塊の目の部分にぽっかり黒い穴が開き、口の部分が笑いの形に歪んでいる。その口元が、何かを言おうとするかのように、僅かに動いた。浦谷部が、読み取ろうとした、次の瞬間、一気に肉が炭化して灰になった。灰の間から白い骨が一瞬だけ見えたが、それもすぐに砕けた。

何もかもが原型を留めない位に灰と化して燃えるものが無くなっても、しばらくの間炎はその場にあり続け、唐突に消えた。灰の間から、赤い何かがみえる。あの石だった。背骨のような形をしている。いったい何個分あるのかわからない。

疲れた顔をした雅楽が大きく息をつき、石を踏み潰した。飴細工のように容易く砕けるそれを、念入りに踏みしだく。

「……終わったんですよね」

「向こうも終わったみたい」

森の中からミラーリングが出てきた。まったく傷ついていない。

「無事だったみたいだね」

言葉をかけた浦谷部を一瞥したその目は、すぐに、無言で立ち去ろうとしていた雅楽に向けられた。

「…ブレイズラット、あなたもリヴァイアサンの元に連れて行く」

「えー。嫌だよ。行かないよ」

「命令よ」

「俺もうUGNじゃないから命令を受ける筋合いないし」

「これでも?」

ミラーリングが、小さな光の刃を、全く無防備で立っていた浦谷部の首につきつけた。

「彼の命が惜しかったら……」

浦谷部と雅楽が、呆然とした顔でミラーリングを見た。

「え、あの……」

「俺がこのまま行ったらどうするの?」

「……なら、これもつける」

ミラーリングが、カロリーメイトを、雅楽の足元に投げた。

「……」

浦谷部と雅楽が、呆然とした顔でミラーリングを見た。

「……うん、もういいよわかったから」

雅楽が、カロリーメイトを拾い上げて、開封して、口に入れた。

「行くよ、で、今から?」

「ついてきて」

ミラーリングが走り出した。
浦谷部と雅楽も後に続く。
集落を抜け、山の中、道なき道を下っていく。

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なんかもうただでさえお疲れの上この子の相手するの面倒だしもうどうでもよくなっちゃったなげやりな雅楽は、用意されていた、というかミラーリングと浦谷部君が乗ってきたモーターボートで海を渡ってUGN日本支部へ。

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■集合即解散

切り立った崖の下にモーターボートは着けられた。崖は一部崩れていて、手すり代わりに渡されたロープを伝って上に登れるようになっている。ミラーリングの持っている懐中電灯の灯りを頼りに登り切ると、正面に大きな建物が建っていた。建物の形や雰囲気からいって、おそらく病院だったのだろう。建物自体にはほとんど損害は無いようだった。

通用口から建物に入る。廊下等には最低限の明かりがつけられていて、雰囲気は消灯後の病院そのものだった。受付を通り待合室を抜けて階段を上り、ミラーリングは迷う事無く2人を1つの部屋の前まで先導すると、ドアを開けた。通された部屋には、窓を背にした立派な机があり、その前に応接セットが置いてある。空調が効いていて、寒さは感じられない。真夜中。カーテンが閉められていて直接は見えないが、窓の外はどこまでいっても明かりひとつ無い暗闇だ。カーテンから外に漏れる光はわずかだが、外から見たら随分と目立つに違いない。

応接セットの2人掛けのソファを、缶ビール片手に行儀悪く座って占領しているのは、大和田だった。数日前に会ったときと同じ格好をしている。

窓際にはスーツを着た男が立っている。

それは、体格から見ても、雰囲気から見ても、リヴァイアサンに間違いなかった。ただ、顔の上半分を布を巻きつけるようにして覆っている。布には意匠化された大きな目が1つ描かれていた。

ミラーリングは、部屋に入ると、何も言わずに扉の脇に有るパイプ椅子に座った。促されて、浦谷部と雅楽は、それぞれ1人がけのソファに座った。

「よく戻ってきてくれました、ガーディアン・ビースト、ブレイズラット」

リヴァイアサンが言った。顔が半分隠れているので表情は読みきれないが、その口調は穏やかで、いつものリヴァイアサンだった。

「これで、もう用は済んだだろ。俺は自分の仕事に戻らせてもらう」

浦谷部が硬い声で言う。彼はここに来るまでも、この部屋に落ち着いてからも、まったく警戒を解いていなかった。この場に信用できる人間は1人もいないのだ。

「そうですね、そうするのもいいでしょう。でも、何か聞きたい事があるのではないのですか?ガーディアン・ビースト」

「それは……」

浦谷部が口ごもった。浦谷部とリヴァイアサンを見るともなしに見ていた雅楽が、ソファに深く座りなおして、寛いだ姿勢を取ると、ちょうど大和田と向きあう形になった。

「あのさあ、俺もう帰っていいのかな?」

「まあ、そういうなよ」

大和田が、ソファの後ろに手を伸ばした。クーラーボックスが置いてある。中には氷と缶ビールがはいっていた。

「ほれ、この辺だとめったにないぞこんなの」

一本とって雅楽に向かって放り投げる。

「うわーつめたいのみものだー」

雅楽は、受け取ってすぐにふたを開けて一気に飲んだ。

「おかわり」

「おいおい、貴重なんだぞ、大事に飲めよ」

緊張感の無い2人のやりとりを、全く気にする事無く沈思黙考していた浦谷部が、やがて口を開いた。

「……この地震は、あんた達のしわざなのか?」

「この事態を招いた責任の一端は、私にあります。止められなかった、と言う意味ではね」

リヴァイアサンが、大和田に顔を向けた。

「だな」

大和田がうなずく。

「あんたか!?何故こんな事を」

浦谷部が、大和田に食って掛かった。大和田は涼しい顔をして言った。

「地震の結果、日本はどうなった?分断され孤立した土地、すべての生き物が生き残る為に争う世界。オーヴァードが生まれ、進化するのにこれほど適した場所は無い」

「そんな……。そんな事の為にどれだけの人が死んだと思っているんだ!?」

「その犠牲によってもたらそうとしている物の、さらに先にいるのが今の君だ」

「……」

「新しい力を随分と使いこなしているそうじゃないか」

「この石は何なんだ?どうやったら元に戻れるんだ?」

「それは、私から話しましょう」

リヴァイアサンが言った。

「その石は、とある場所で発見された鉱石です。分析の結果、とても古い時代に地球に落下した隕石の一部だという事がわかっています。この鉱石の取れる場所の周囲は、昔からオーヴァードの発生率が異常に高かった。それで、何年にも渡って原因を調査した結果、石が見つかった。この石は、レネゲイド・ウイルスの塊のようなもの、とでもいえばわかりやすいでしょうか。体内に取り込んだ者には、より直接的にウイルスの影響が及ぼされる事になります」

「人とレネゲイドを1つに、二重螺旋を1つに、完全な生物に、ってさ」

大和田が口を挟んだ。だれかの物真似をしているようだが、その口ぶりには多分に揶揄が含まれていた。

「厳重に管理していたんですがね。誰かが大量に、本当に大量にばら撒いてくれました。その結果がディアボロスの暴走ですね」

「……この石、取ることはできるのか?」

「なんだ、いらないのか、せっかく馴染んでるのにもったいないな」

「いらない、こんな力」

浦谷部の強い否定の言葉に、黙ってパイプ椅子に座り、完全に気配を消していたミラーリングが、かすかに身じろぎをした。

「早い段階で石が根を張っている箇所を丸ごと取り除けば影響を受ける事は無くなる。こんなふうにな」

大和田が、自分の顔面を指差した。

「それは……」

「おまえの様子じゃ、半分ぐらい、かな」

「……」

浦谷部が、リヴァイアサンを見る。リヴァイアサンは、静かに首を横に振った。

「残念ながら、今のUGNではどうすることも出来ません」

「なら、ここにもう用は無い」

「ウチにくれば何とかなるかもしれないぜ」

浦谷部が勢い良く立ち上がった。上から、大和田を睨みつける。

「俺は、あんた達を、許さない」

低い、怒りのこもった声だ。

「特に、あんたは……大嫌いだ!!」

吐き捨てるように言うと、歩き出し、乱暴にドアを開け、部屋を出て行った。

「……さて、ブレイズラット」

「…………あっ、俺?はい?」

完全に蚊帳の外に居たつもりが、不意を衝かれた雅楽が素っ頓狂な声を上げた。

「あなたも何か聞きたい事があるのでは?」

「えー、あ、ジューダスどうなったの?死んだの?」

「……さあ」

さっと真顔になった雅楽を見て、リヴァイアサンの口元がかすかに歪んだ。

「棺に重石をつけて、海に沈める事はしましたが……死亡の確認までは手が回りませんでした」

「あー、なんだそういう事。じゃあいいや」

雅楽が露骨にほっとした表情をした。

「彼にはやられましたよ。マスターオブライフの件で私を糾弾し、結果、日本支部を全て巻き込む騒動になりましてね。彼にかかずりあっている間に……」

「……な」

大和田が立ち上がった。

「じゃあまた」

リヴァイアサンに言うと、そのまま部屋を出て行った。
それに続いて雅楽も立ち上がり、ドアへと歩き出した。

「待ってください、ブレイズラット」

ドアの前で雅楽が立ち止まる。

「そのまま部屋を出て行くのなら、私に組する気は無く、敵対するという意思表明だと取りますが、よろしいですか?」

「よろしいですかって……」

「選んでください」

「どうあっても碌でも無い事になるんでしょうが」

「それは違う。自分で下した決断に『碌でも無い事』なんて1つもありませんよ」

雅楽は、応える事も、振り向く事もせず、ドアを開けた。

「私の能力は危険なものです。ですから、私は、マスターオブライフの力を借りて、自らの能力の殆どを封印していました。マスターオブライフだけが、私の力を開放する事ができた。私が全力で事に当る事が出来たなら、おそらく、今の事態は避けられた」

リヴァイアサンが、噛んで含めるような優しい口調で言った。雅楽は、まったく聞く耳を持っていないという様子で、開けたドアから廊下へと、一歩踏み出した。

「そうですね。行くのであれば、ガーディアン・ビーストにも伝えてくれませんか?」

「……」

「すぐに私が殺しにいく、と」

「おお、怖」

雅楽がつぶやいで、ドアを閉めた。

「楽しみだ。あなたが、泣いて、命乞いをするのを、見るのが」

リヴァイアサンが、閉じられたドアに向かって言った。
足音は止まる事無く遠ざかっていく。
その言葉が相手に届いたのか、届いていないのかはわからない。

「……出て行ってくれて良かった」

別人の様な冷たい声は、かすかに震えていた。

「私は怒っている」

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■ここは虎口

廊下の途中ですぐに追いついた大和田と連れ立って外にでると、浦谷部が岸壁に立って海を見ていた。気付いていないはずはないが、完全にこちらを無視している。拒絶の意志が全身から溢れていた。

「……浦谷部君、これからどうするんだい?」

気にせず大和田が気軽に近寄って話しかけたのを、浦谷部は完全に無視している。

「ここを出ようにも、方法が無いだろ」

無視している、が、大和田はお構いなしに肩に手をかけた。

「俺の乗って来たボートがあるんだが……」

「触るな!!」

浦谷部が怒鳴って手を払いのけた。

「お前の力なんか借りない」

「じゃあどうする」

「泳いでいけばいい」

「泳ぐ?ここを?」

崖の淵に座り込んで海を覗いていた雅楽が声を上げた。

今は真夜中だ。背後の建物から漏れる光がわずかに周辺を照しているだけで、見渡す限り真っ暗な海が続いている。そして、その海には、何千、何万の人間の亡骸が漂っている。潮の香りには誤魔化しようが無いほど腐臭が混じっている。そんな海で……

「泳ぐの?」

「……」

「悪い事は言わないよ。乗せてもらいなよ。ね」

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浦谷部が日本にきたそもそもの理由は、『現在誰も住んでいないが人の居住可能な島』を見つけるという仕事のためだった。日本に到着して早々にミラーリングに捕まってしまったせいでまだまったく手をつけていないのだが、早い所仕事を済ませてリカの元に帰りたいというのが本心だ。結局、大和田が適当な島を知っているというので、そこまで乗っていく事になった。ただ、雰囲気は剣呑そのものだし、大和田とは目を合わせないし、居心地悪い事この上ない。なんとかリヴァイアサンが超怒ってて今にも殺しに来る件については話したけどそれがどうしたって感じだ。

やがて、周囲が崩れ落ちて絶壁になっている島にたどり着いた。上を見上げると木が生い茂っているのが見える。なかなかの大きさだ。

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「な、丁度いいだろ」

「……ありがとうございます」

険の有る声で謝辞を述べると、浦谷部は船から絶壁に飛びついた。

「さようなら。もう二度と会うことはないと思います」

そのまま易々と登っていき、すぐにボートのライトの範囲外に消えた。壁を登る音も、海の音にかき消されて聞こえなくなった。

「行っちゃった……どうしよう」

「ああ、リヴァイアサンの事か」

「2人で居たほうが良いと思うんだけどなあ」

「別に、お前が押しかける分には問題ねえんじゃないのか。居所はわかってるんだし」

「そっか。嫌われてんのは大和田君だしね」

「それより、今からちょっとつきあわないか」

「えー」

「こんな状況だが、実は、この辺に酒の飲める場所があってだな」

「ほんとに?」

「人間ってたくましいよな」

「行く行く。寒いしね。さけでものまないとやってられない」

「そうそう、雅楽君が生きている間に報酬渡しておかないとな。先にそっちだ」

「……だね」

しばらくボートを走らせると、やがて小さな島にたどり着いた。綺麗な砂浜が有り、その向こうには立派なログハウスが見える。地震でできた島ではないようだ。そもそもまったく被害を受けた様子は無い。

「こういう所も残しておかないとな」

「ふーん、そういう融通もきくんだ」

「あそこに報酬置いてきたから、取ってきてくれ。あと、酒も置いてあるからそれもついでに頼む。俺はボート見てるから」

砂浜はライトで照らされているので歩くのはワケはないがどんくさい雅楽は途中で派手に転んだ。

入り口の扉を開けるとすぐにリビングになっていた。間接照明が1つあるだけで薄暗いが、すぐに目は慣れた。見回すと、食器類が綺麗に並べられた棚や、快適そうなテーブルとソファ、簡単なコンロとシンク、そして冷蔵庫がある。自家発電なのか、冷蔵庫は動いているようだ。あと、明らかにどこかからシャワーの音が聞こえている。部屋の中には女物の服が脱ぎ捨てられている。

「……なに?…………おまけ付きなの?」

シャワー云々はとりあえず置いておいて、雅楽は酒を探して冷蔵庫をあけた。冷蔵庫の中いっぱいに、ペットボトルに入った透明な液体がずらっとならんでいる。ペットボトルには数字が書いてある。どうやら日付らしい。日付はずっと過去から、ずっと未来まであった。

「何これ」

「すまないが、今日の分の水を取ってくれないか?」

背後から、突然声をかけられた。寒々とした、女の声だ。ふと気付くと、シャワーの音が止んでいた。雅楽は、今日の日付が書かれたペットボトルを取ると、振り向かないようにして女に差し出した。栓を開けて水を飲む音がする。

「ありがとう」

雅楽は静かに冷蔵庫を閉めると、後ろを見ないままその場を離れようと

「初めまして、私がFH日本支部長、プランナーだ」

やっぱり……、雅楽は諦めて振り向いた。タオルを一枚巻いただけの女が立っている。背は女性にしては高く、濡れた長い黒髪を無造作に背中に流している。良く見るまでも無く、かなりの美貌だが、その容姿は、声から受けた印象を一層強めた。

「フリーの雅楽です」

「大和田に話は聞いていた。一度直に会いたいと思っていた」

「はあどうも」

大和田の野郎、と、雅楽は思った。

「なあ、どう思う?」

「は?」

「この日本の現状だ。見てきたのだろう?」

「はあ」

「素晴らしいと思わないか?分断され閉鎖された地、全ての生物が強い身体的精神的ストレスにさらされ続ける地。実際、レネゲイドウイルスの発症率は以前の数倍にもなっている。進化の為に、我々の作り出した、今までにない大規模な実験場だ。いかなる犠牲をはらおうとも何物にも変え難い。そう思わないか?」

プランナーの様子が一変した。熱に浮かされたような声と表情で一気にまくし立てる。

「……俺にはそんなに良いものには思えませんけど」

控えめな雅楽の反論を聞いて、プランナーが一気に冷静な表情に戻った。そのまま、満足気な微笑を浮かべる。最初の印象通りの冷たい微笑だ。わけがわからずポカンとした雅楽の顔を見て、プランナーは、肩を震わせ、声を上げ、さも愉快そうに笑った。

「気付いていないのか?自分が今、命拾いをしたのを」

「え、はあ?」

「私の問いにYESと応えていたら、ただでは返さないつもりだった」

雅楽が、プランナーの言葉に生返事を返しながら、何の気ない問答で殺されてはかなわないや、と、無言でそそくさとこの場を去ろうとして

「ところで、話は変わるが。私を抱かないか?」

転んだ。

「フリでいいんだ。まあフリじゃなくてもいいが。地震以降、変な信者がついてしまってな。あまりに神格化されて動きづらくてかなわない。その手の噂が流れれば多少はマシになる」

「……お、俺は」

「お前は猛烈に命を狙われる事になるだろうが。その辺を考慮して五千万円で引き受けないか?」

「……円はヤだ。ユーロで」

「五千万ユーロか、随分ふっかけるな。用意はできるが、一度に渡して経済が混乱すると困る。分割になってもいいなら……」

雅楽は立ち上がると後ろも見ずに走り出し、ログハウスを飛び出した。
そのまま、ボートまで全力で走る。ボートに腰掛けて、大和田がニヤニヤしている。その顔面に、砂浜の砂をつかんでぶつけた。

「アホ!!大和田のアホ!!」

叫びながら、何度も砂をぶつける。

「何だよー。報酬はどうした。受け取ったか?」

大和田は手で顔をかばっている。隙間から見える口はニヤついている。

「なんなのあれ!!」

「あれー?どうかしたのー?」

「もうたくさんだ!!本当もう信じられない!!バカバカ!!もう帰る!!報酬よこせ今すぐよこせ!!」

「だから、あの中に置いてあるんだって。ちゃんと探したか?」

「う、それは」

振り向くと、扉の前で、ゆったりした部屋着を着たプランナーが、手にカードを持って立っていた。

「忘れ物だぞ」

「ほらなー。取りに行ってこいよ」

雅楽は大和田を睨むと、大股で歩き出した。プランナーの前に立つと、その手から、カードをもぎ取ろうとした。が、プランナーがカードを持つ手をひょいと上げたので空ぶった。

「お願いします、は?」

プランナーの言葉を無視して、雅楽は表情も変えずに無言でカードをひったくった。

「ふうん、そういう意地はあるのか。面白いヤツだな」

楽しそうに微笑む。

「どうだ、私の元で働かないか?」

雅楽は、一瞬逡巡する様子を見せた後、後ろを振り向いた。

「おーい!!プランナー様が仰るには大和田君はもう用済みだってさー」

「えー!?まじで!?」

大和田が大仰に驚く。

「ラッキー!!!じゃあ俺もう何処へ行ってもいいんだ」

「えーちょっとまって。ダメだよそんないい加減な事じゃあ」

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辞退した。

酒が飲める場所が有ると言うのは本当だったらしく、変な居酒屋風の場所でさんざん酒を飲酒する。

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浦谷部が上陸した島は、大半が森であるようだった。

人の気配はしない。野犬に遭遇したが、ひと睨みで逃げていった。森の中を歩いていると、建物が1つ。平屋建てで、小さいが、瀟洒なつくりをしている。別荘のようだった。

中に入ってみたが、住民は居ないようだ。あわただしく荷造りをした跡がある。どこかへ避難したのだろうか。食料品や衣料品はかなり残っていた。ただ、食料は保存の利くもの以外は駄目になっている。電気はつかないが、プロパンなのかガスはついた。水も出る。

この島はいい場所だ。きっと依頼主も満足するだろう。一緒に日本に来た連中は、首尾よく島を見つけることは出来たのだろうか……リカは、元気にしているだろうか……

少し眠っていたらしい。窓の外が、ほんの少し白んでいる。

缶詰をいくつか開けて、調理する。風呂を沸かした。久しぶりに風呂に入る。

リビングで一息ついた所で

「ただいまー浦谷部くーん」

ドアが勢い良く開いて、雅楽が転がり込むように入ってきた。

「う、雅楽さ……うわ!!酒臭!!」

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勢いに任せて押し切る形でお風呂に入って朝ごはんをご馳走になった。

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クライマックス・フェイズに続く


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