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【終末の獣】

■全てを飲み込む男

やがて、夜が完全に明けた。
良く晴れているが、遮る物の無い真っ青な空からは、暖みの欠片も感じられない。

別荘の前面は小さな庭になっていた。数ヶ月も手が入っていない為か、やや荒れていたが、以前はきっと綺麗に整備されていたのだろう。

雅楽と浦谷部は、扉を出てすぐの所に立っていた。いつものように、やや浦谷部が前に出る形だ。彼らの前、庭を挟むようにして、ミラーリングが相対していた。あいかわらず、表情の読み取りにくい顔をしている。

「ブレイズラット」

ミラーリングが口を開いた。

「……ん、俺に用なの?浦谷部君じゃなくて」

「あなた、死んで」

「は?」

「あなたは何もしなくていい。私があなたを殺す。それだけ」

「俺君に何かしたっけ」

「あなたが今死ねば、リヴァイアサンは戦わなくていい」

「あー、そういう」

「選んで。私に殺されるか、リヴァイアサンに殺されるか」

「どっちも嫌ってのは駄目?」

「駄目よ」

「どっちも嫌だな」

「リヴァイアサンの言葉は、現実を変える。だから、いつも言葉にとても気をつけていた。だから、決して、他人を本当の名前では呼ばない」

「へーそうなんだ」

「このままだと……きっと、自分も、変えてしまう」

「それで?」

「もういい」

ミラーリングが地面を蹴った。同時に、右手から光の剣が現れる。表情は少しも変わらない。しかし、感情の高ぶりを、そのままぶつけたような、凄まじい速さだった。瞬きする間もなく、雅楽の首元に剣が迫る。が、すんでの所で、ミラーリングの体が横薙ぎに吹き飛び、別荘の横手の茂みに立っている木に激突した。

「よう」

反対側の茂みを掻き分けながら、大和田が現れた。木の根元にうずくまる格好になっていたミラーリングが、よろめきながら立ち上がった。右手の剣は消えていない。

「何のつもり?」

「何のつもりも何も、UGNエージェント=敵だろ」

大和田が、せせら笑いながら一歩前に出た。ミラーリングが剣を横様に構え何かに耐える姿勢をとる。瞬間、背にした木がへし折れる音がして、ミラーリングは光の剣の欠片を撒き散らしながら背後へ吹き飛ばされた。それを追う様に大和田が走り出す。浦谷部と雅楽に向かって、まかしとけ、と軽く手を振って、大和田は森の中に飛び込んだ。

遠くから聞こえてくる、何かを撃ち合う音で、浦谷部が我に返った。

「……俺、ミラーリングに加勢します」

「そんな暇ないんじゃないの」

雅楽の視線の先には、何時の間にか、リヴァイアサンが立っていた。

「昔話をしても、いいですか?」

穏やかで、落ち着いて、優しい。諭すような声で、リヴァイアサンは言った。

「私が覚醒したのは、1人の子供に出合った時でした。その、まだ少女とも呼べない年齢の子供に私は命を助けられ、結果、私は発症した」

「私は、彼女に、平穏に生きて欲しいと思った。だから、彼女を隠した。味方からも。私は、彼女は、私の望んだ通りに生きていると思っていた。ずっと。ですが」

「彼女は、とうの昔に、居なくなっていた。私が、ずっと彼女だと思っていたのは、彼女の切り刻まれた肉片から作られた、偽者だった」

「私は……」

リヴァイアサンが、言葉を切った。
大きく、ゆっくりと息を吸って、吐き出す。吐息は微かに震えている。再び、口を開く。

「……私は怒っている。全てに。だから、ただ怒りに任せて、ただ、君達を殺す」

「そうすれば、きっと、また、前に進める。だから」

「リヴァイアサンでも、霧谷雄吾でも、何物でもない」

頭の後ろに手を回し、顔を覆っていた布を外す。覆われていた顔の上半分は不自然に肉が引きつれ、片目は完全に塞がっていた。残った片目は大きく肥大して顔面の1/3を占めている。

「私が、君達を…………」

リヴァイアサンは、巨大な1つの目で、2人を睨め据えると、静かに口を開いた。

「殺す」

厳かに言い渡された言葉に従って、一瞬、全身の細胞が、活動を停止した。全てが完全に止まる前に、かろうじて支配を取り戻す。浦谷部が獣の姿に変わった。背筋が凍っていた。早くカタを付けろ、あれは危険すぎる。本能に従って、迷う事無く全力でリヴァイアサンに向かって走る。

浦谷部がわずかな息苦しさを感じた瞬間、目の前で炎が炸裂した。雅楽だ。炎はリヴァイアサンを囲むように渦巻くと、僅かの間で掻き消え、周囲は深い霧に包まれた。霧の向こうに、かすかに見えるリヴァイアサンが、ほんの少し、片手を動かした。その動きに呼応するように、浦谷部の体のあちこちが、燃えるように熱くなった。体内のレネゲイド・ウイルスが異常に活性化している。湧き上がる衝動に、理性を、心そのものを、何もかもを持っていかれそうになるのを、かろうじて押さえる。

2、3歩よろめいたが、そのまま四足をつき、全身のばねをつかって飛びかかる。唸り声を上げながら、爪を、振りかぶって、叩きつける。手ごたえを感じると同時に、無数の黒い塊が、辺りに飛び散った。無残に潰れた虫の大群が、音を立てて地面に落ちる。浦谷部の攻撃は、虫の大群に阻まれた形で、リヴァイアサンには、まったく届いていない。もう一撃、爪を振りかぶった、浦谷部の、全身の毛が逆立つ。

リヴァイアサンの背後に、周囲の木々を押しのけながら巨大な黒い塊が立ち上がった。生き物の様に蠢くそれは、人間の死体の塊だった。正面が綺麗に横一文字に割れ、内部の黒い空間があらわになる。どうやらそこはそいつの口であるらしかった。その口から、甲高い声、低いうめき声、人間が発する事の出来る、ありとあらゆる不快な音が周囲に響き渡った。それが、大きく息を吸い込み、吐き出した。熱い風が、吹き抜ける。再び、抑えがたい衝動が湧き上がる。思わず膝をついた浦谷部を、リヴァイアサンは一歩も動かずに見下ろしていた。

(俺達を、殺す気だ。どうあっても。完全に)

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リヴァイアサンの背後の塊は、数ラウンドに一度、息を吐き出して、相対した者の侵食率を大幅に上昇させる。それだけの存在だった。だが、オーヴァードを殺すのにこれ程確実な手段は無い。誰が生き残ろうとも、残るのは正気を失ったただの怪物。リヴァイアサンの、殺意は、深い。

ダメージのやり取りと侵食率の上昇が延々とかつ淡々と続く。度重なる侵食率上昇に焦りを掻き立てられる上に、リヴァイアサンは普通に本当に強い。

ただ、この手段は短期的には敵を大幅に強化してしまうことになる。侵食率が極限まで上昇した2人の攻撃は確実にリヴァイアサンをとらえていく。やがて、リヴァイアサンは倒れた。全員が色々な意味でぼろぼろだった。

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「私は……私は…………」

地面に仰向けに横たわったリヴァイアサンが、虚空に目を彷徨わせながら、誰にとも無く、つぶやいた。浦谷部が、側に立って見下ろしているが、それが見えているかどうかはわからない。

「あんたは、霧谷雄吾だ」

浦谷部が、静かに、だが、力強い声で言った。リヴァイアサンの目が、止まった。視線は真っ直ぐに、吸い込まれるように、空に向かっている。

「そう、ですか……霧谷雄吾として……死……良い……………」

「あんたは……霧谷雄吾だ」

霧谷は、すぐに、動かなくなった。満身創痍の中、顔だけがやけに綺麗に残っている。浦谷部が、初めて見る、霧谷の本当の顔だった。

立ち尽くす浦谷部の後ろで、何か硬いものが壊れる大きな音がした。振り向くと、へし折れた木の幹や枝が、森の中から飛び出してきて

「うわー。やられたー」

大きな叫び声をあげながら、大和田が浦谷部の目の前を横切って吹っ飛んでいき、ごろごろ転がって大の字になった。それを追いかけるように、光球が森から飛び出してくる。光が掻き消えて、ミラーリングが現れた、が、2、3歩歩いて、ばったりと倒れた。

「こいつ、気持ちの悪い……」

ミラーリングが、倒れこんだまま吐き捨てた。息は上がっているが、殆どケガを負っていない。体を半分起こしながら、周囲を見回す。目線は、霧谷の死体で、一瞬凍り付くように止まった。しかし、すぐに大和田を睨みつける。

「大丈夫か!?」

浦谷部が駆け寄り、ミラーリングを労わる様に助け起こした。どう見ても、浦谷部の方が重傷だったが、頓着する様子は無い。

「後は、俺に」

「あなた……どうして?」

ミラーリングの頬が、僅かに上気する。

「……これ以上人が死ぬのは見たくないんだ」

一瞬、沈黙した後、ミラーリングが、無言で浦谷部の頬をひっぱたいた。呆然としている浦谷部を突き飛ばすように立ち上がると、そのまま飛んでいってしまった。大和田が指さして笑い転げている。放心状態で座り込んでいた雅楽が、立ち上がって、大きく伸びをした。

「ま、とにかく、終わったね」

「……はい」

雅楽、浦谷部、大和田は、その場で別れた。
特に惜別の言葉も無く、あっさりしたものだった。

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エンディング・フェイズに続く


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